被害者の素性
【東京郊外某所】
『もうデーターは揃っただろ?』
「いや、まだ」
『これ以上どうしようって言うんだ? 何が気に入らないんだ?』
暗い部屋の中に大型ディスプレイが複数台、青緑色の光を放っている。男は先程まで入力していた新しいデータに満足していた。でも何かが足りない。何かが違うのだ。
男は話を聞きながら、画面上の各パーツをチェックしていた。
先程から繋がっている相手がイライラしているのが音声から伝わってくる。しかし男はそれを完全無視し、画面上にアウトプットされた画面を眺める。
『ユニ、もう良いんじゃないか? ミクは最高なモデルだよ。最近じゃ、結構有名どころのメーカーからオファーが来てる。そろそろアップデートをかけるの、止めないか? これ以上、ミクにこだわることはないと思うけど』
「……」
『悪いけどさ、プロジェクトのアドミン権限削除させてもらったんで、今回のアップデートで契約解除ってことで良いよな。今までいろいろありがとうな』
ブォンという機械音と共に、唐突に会議は終了した。
「ふん、バカが。ログインできなくてもいいさ。バックアップならここにある」
ユニと呼ばれた男はそう呟くと、アプリに登録されている女性の情報を検索する。「女性」「年齢」「容姿」「アクセス利用状況」等の条件をインプットするだけ。
しばらくすると、パソコンの画面に女性の写真がパラパラと表示されはじめた。
「次は足…」
登録された写真が気に入れば、さらにその娘のSNSをたどる。そうすることで、ほとんどの情報は手に入るのだ。リストアップは『Hana』がやってくれる。
男はスナックの袋を掴み、部屋をあとにした。
※ ※ ※
「なぁ
「あぁ、きっと奴は『Hana』を使って標的を探しにくる。それに円香ちゃんが言っていたんだ。『私は手』って」
「う…なんだよそれ。指先フェチなのか?」
斗真はパソコンの前でSNSに書き込みをしている。今までの被害者と同じ特徴を持ち、腕、顔、胸、尻、足など見せつける記事をでっち上げる。
「で……、何で刑事さんたちも俺の部屋にいるんだよ?」
「俺たちだけじゃ、やれることに限界があるだろ? 言ったって、俺たちがやろうとしていることも犯罪を犯すようなことなんだから」
「でもさ」
斗真はソファーにふんぞり返っている守屋刑事をチラッと見る。
「お邪魔してごめんなさい。サイバー犯罪課の同期にも協力をもらったので、斗真さんの『Yuki-0808』アカウント以外は、彼が操作してくれています。何かあったら連絡が」
如月刑事もダミースマホでアプリを起動している。今彼女は架空の人物、新垣 雪乃という人物になりすましてリア充を演出しているのだ。
「
「これはさ、あくまでも憶測の域を超えないんだけど、あの被害者たちを見れば奴の好みはわかるだろ?」
斗真がキョトンとしている。あんだけ登録女性の見た目からペルソナまで話し合ったのに理解してなかったのか? 俺は守屋刑事の差し入れた缶コーヒーを皆に配り、ソファーに腰を下ろした。
「もう一度説明するよ」
新垣 雪乃、『Hana』アカウントは『Yuki-0808』。19歳でT大女子1年生という設定。長い自慢の髪をゆるく巻髪にしている。コスプレが趣味で、ツインテールのキャラのコスプレ写真をプロフィールにあげてみた。ちょっと
「奴は、長い髪の女性を好んでる。その女性は大学生でリア充を極めていて、男性との付き合いにも慣れている。『Hana』の特性を活かして、遊び慣れてるって言ってもいいのかもしれないね。そして円香ちゃんが教えてくれたキーワードによると、奴は出会う彼女のどこかのパーツを褒め称える傾向がある」
俺はタブレットに保存している被害者たちの写真をモニターに映し出した。
「画像の日付の古い方にあるこの女性。恐らくこの女性に奴はまだ固執してる」
「なんでそう思うんだ? これってミクちゃんだろ?」
斗真がモニターを見てごもっともな質問をする。守屋刑事に至っては、ミクちゃんが誰かもわからないらしい。
「そうなんだ。俺も初めて見た時にびっくりしたんだ。でもよくよくミクちゃんのSNSを見ると、不思議なことに共通点がいくつかあるんだ」
「どんな?」
「バーチャルモデルのミクちゃんと、写真の女性。顔や背格好がまさに同一人物だよね。でもところどころ違うところがあるんだ。例えばここ」
俺は
「佐々木
俺は彼女たちの右の首筋を拡大する。
「同じ箇所にホクロが。それだけじゃない。山下 玲奈さんを見てくれ。彼女の太ももの内側にタトゥーがある。警察が持っている写真には、もっとはっきりと模様がわかるものがあったんじゃないですか? この写真のタトゥーと同じものが、ミクちゃんの足にもあります」
ミクちゃんの2年前のSNSの中から、一番わかりやすいハロウィンのコスプレをした写真をモニターに映す。そこには可愛らしい血だらけのナースの格好をしてダメージ加工されたスカートから、同じ様な模様のタトゥーが見てとれた。
「守屋さんにお願いして、今この制作会社に確認してもらってる。もしかしたらその会社の中に、デザイナーかプログラマーか…奴がいるんじゃないかと思うんだ。ですよね? 守屋さん」
「あぁ、確認したところ、
守屋さんは苦虫を潰したような顔でコーヒーを飲み干した。
「この女性については、何か分かりましたか? こんなに安心しきった幸せな顔で写真を取らせてるということは、おそらく奴にとって近しい存在の人物なんじゃないかと思うんです」
「それな。如月、説明してやってくれ」
如月刑事が頷き、タブレットの中の資料を見ながら説明を続けた。
「あの中に存在している女性は8名。そのうちご遺体が見つかっているのは5名。残り3名の所在確認をしたところ、この女性だけ連絡がついていません。彼女は被害者である可能性が高いと我々も考えています。なので、サイバー犯罪課の捜査員たちが彼女のネット上での行動を調べています。今の時代、ネットの世界から完全に姿を隠すことはできませんから」
「それで、何か分かったのですか?」
「いえ、彼女は初期の『Hana』に登録がをしていたので、フリーアドレスを使っていました。なので…。なので、今は写真の風景から解析を進め、個人の特定を進めているところです」
「分かっているのは、『Hana』で使われていたアカウント名が『
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