未来ちゃんと神々廻の関係

 皆が帰った病室は妙に静まり返っていた。


 逆に落ち着かないのは何故だ? 斗真が気を効かしレモネードを冷蔵庫に、守屋刑事がテレビカードを1枚プレゼントしてくれているのに。それでも何かが物足りない。


「そっか、こいつのせいで未来ミクちゃんの姿も見えないのか」


 俺は弥勒義兄の数珠を点滴の取れた左腕で触れる。外す勇気もなく、紙コップにレモネードを注ぎ小さなテーブルに置いた。


「ごめんね。よかったら飲んで」


 俺はいるかいないかわからない彼女のことを考えていた。病院を出たら、弥勒義兄には悪いけど俺はきっと数珠を外すだろう。


 俺は斗真が持ってきてくれたタブレットの電源をオンにする。日課のミクちゃんチェックと、さっきお願いした円香ちゃんの衣服から見つかったチップ内の画像を見ておきたかったからだ。

 円香ちゃんが言っていた『私は……手』という言葉が妙に気になる。


「ミクちゃん、可愛いな」


 ミクちゃんには声を出して言えるのに、俺は未来ミクちゃんには言葉として伝えたことがなかったな、と改めて思い返していた。それだけじゃない、彼女の望みもまだ聞いていない。俺は助けられてばかりなのに、我ながら酷い男だな、と思う。


 タブレットの中のミクちゃんは「ネイルしたんだぁ~」というコメントと共に、赤いキレイな指先をキラキラした笑顔で見せつけていた。



 ピコン。


 ukisaというメールアドレスが、画面の右端に表示される。如月刑事からメールが届いたのだ。


 『九条さん、一部ですが送ります。取り扱い注意です』シンプルなメッセージの下にURLが貼り付けられていた。

 俺は迷わずタップする。


 徐々に表示される画像を見ていくと、被害者の他にも多くの女性の写真が存在していた。

 全身の血が一気に駆け巡る。この中に未来ミクちゃんがいるかもしれない。


 スクロールさせる指がスピードを増す。


 未来ミクちゃん、頼むいないでくれ! イヤ、いるなら見つけ出してあげなくちゃ。俺の思考はぐるぐると入れ替わる。


 ブオォーンっと、冷蔵庫の起動音がやけに大きく聞こえた気がした。


 円香ちゃんの隠し撮り写真をはじめ、葉月 蘭、山下 玲奈、野崎 さくら、佐々木 美玲みれいの画像が複数枚並んでいる。


 俺は画面をスクロールする手を止めた。



未来ミクちゃん…」


 画面には未来ミクちゃんが写し出されていた。満面の笑みをカメラに向け、嬉しそうにしている。そう…ここに、生前の未来ミクちゃんがいた。


 あぁ、やはり彼女は神々廻ししべ 空を知っている。そして彼女の血まみれの姿を思いだし、確信する。彼女もまた被害者の一人だ、と。


『ボクちゃん…』

未来ミクちゃん?」


 かすかに未来ミクちゃんの声が聞こえた。俺は彼女の姿を探す。どこにいる?


 不甲斐ない。くそっ、どこだ? 

 俺は弥勒義兄の数珠を外そうと手をかけた。


『ダメだよ、ボクちゃん。ここには沢山の死者がいて、彼らもボクちゃんの存在に気付いてる。今のボクちゃんは全回線が開いてる様なものだから、それを外したら…パンクしちゃうよ』


 そう言うと壁際にうっすら、女性のシルエットが浮かんだ。


未来ミクちゃん」

『会いたかったかな?』

「…うん、そうだね」


 未来ミクちゃんの表情がわからない。だけどふわっとした、ため息のような空気を感じた。

 俺には未来ミクちゃんが、次に何を言うのか予想がついていた。


未来ミクちゃん、俺…」

『ごめんね、ボクちゃん。私、思い出したの。全部じゃないけど、空のこともハッキリと』

未来ミクちゃんも、神々廻ししべの被害者の一人だったんだよね。もういいよ、何も言わなくて良い。俺が君を見つけるから」


 俺はタブレットをそっと伏せる。


『ありがとう。ただその前に、ボクちゃんには知っていて欲しいの。私ね、私…ボクちゃんのことが好きだよ。私を探して欲しくて側にいたんじゃないの』

「わかってるよ」


 もうこれ以上は聞きたくなかった。未来ミクちゃんと神々廻ししべの関係なんてどうでも良い。


『ボクちゃん、聞いて欲しい』

「もう、いいよ」

『違うの』

「違うって何?」


 俺の言葉はどんどん棘を持つ。


『調べたら分かることだから、言うね』


 あぁ、聞きたくない。俺はタブレットにあった未来ミクちゃんの笑顔を思い出す。


『私、空と…。空と付き合ってた』


 やはりそうだ。あんな笑顔を見せる相手なんだから、そうだと思ってた。

 未来ミクちゃんは、俺の気持ちなんて知らずに話を続ける。


『空は孤独だったの。ママもパパもほとんど家に居なくて、お婆ちゃんだけが彼を愛してた。でもそのお婆ちゃんを亡くしてから彼は変わった。私はそんな彼を側でずっと見ていたの…』

「幼馴染みってこと?」


『私、空のお婆ちゃんの生徒だったの。この辺のことはよく思い出せないけど、「先生」って呼んでたから』


 孤独だからって、何をしても言い訳じゃない。学くんや彼女たちを殺していい理由にはならない。


『ボクちゃん、私のせいなの』

「え? 意味がわからないよ」

『私、空を止められなかった…』


未来ミクちゃんのせいじゃないよ。どんな理由があったって、人を殺めることは許されないし、実行に移すかどうかなんて、本人の問題だよ。未来ミクちゃんの願いは、神々廻ししべを救うことなの?」

『そうじゃない』

「じゃぁ?」


『終わらせたい。また空は、次を探してる』


 終わらせるって、捕まえて罪を償わせたいってことじゃなくて? 俺は何て言えばいいか分からなかった。


「守屋さんたちが、神々廻ししべを捕まえる。だから俺たちは」

『ボクちゃん…』


 俺にはわかっていた。彼女の言う終わらせたい、と言う意味を。

 答えは明白だった。


「……わかった。俺たちで止めよう。もう、悲しむ人がでないように」


 未来ミクちゃんが泣いている気がする。今俺に彼女が見えたなら、抱き締めていたかもしれない。


「で、どうやって奴を探す? 未来ミクちゃんは奴の居所を知ってるの?」

『空がどこにいるか分からないの。ごめんね。だから、これを使うのはどぉ?』


 未来ミクちゃんの手元に、スマホの明かりがボーッと浮かび上がる。


「わかった。やってみよう」

『ありがとう。ボクちゃん、大好き!』

「あ、イヤ…」


 俺は「知ってるよ」と言う言葉を飲み込んだ。彼女の想いが、神々廻ししべ 空に向かっていることも心のどこかで覚悟して。

 未来ミクちゃんの花の様な香りがふわっと俺の周りを漂った。

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