碧海の帰還

 気付くと俺は知らない街を歩いていた。でもどこか懐かしい場所。知った顔があるわけでもなく俺だけが、彼らと違う流れを作っていた。


「ここはどこだ? 如月さん? 先生?」


 キョロキョロしてみるも、さっきまでいた場所とは全く違う景色が広がっている。


「……未来ミクちゃん?」


 誰も俺の存在を気にする者はいない。俺は知らず知らずのうちに、未来ミクちゃんの姿を探していた。さっきまで持っていたスマホもどこにもない。


 そんな時俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


碧海あくあ? 碧海あくあなのか?」

「じ、爺ちゃん?」


 俺は自分の目を疑った。だってそこには、ずっと会いたかった爺ちゃんがいたからだ。俺の子どもの頃の記憶にある爺ちゃん、濃紺の作務衣を着ていつもの草履を履いている、まさにその爺ちゃんだった。


「なぜ、ここにおる?」

「爺ちゃん、なぜって、俺……」


 あぁ〜俺死んだんだな。だから爺ちゃんが迎えに来てくれたんだ。俺はそう思った。


「お前、あの数珠はどうした?」

「あ…ごめん。色々あって、今は持ってない」

「そうか、それでか。なるほどな」


 爺ちゃんは何かに気付いたのか、うんうんと目を細めて頷いていた。

 俺たちは夕日を背に並んで歩いた。大きな優しい太陽がゆっくりと沈んでいく、そんな景色。

 隣に歩く爺ちゃんが最期に言っていた言葉を思い出し、俺は無性に悲しい気分になっていた。


「ごめん。俺、爺ちゃんの期待通りに動けなかった」

「何を言ってる? お前が頑張ってることは知ってるさ。それにな、お前の力を必要としてる人が大勢いる。その人たちがいる限りお前は進まなければならない、そうだろ?」

「え? でも俺死んだんだよね。もう何もできない…」


 俺は爺ちゃんの言ってる意味が現在進行形だったから、何だかぽかぁ〜んとしていたんだと思う。そんな俺を見て、爺ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。


「ここに来るのはまだ早い。お前にはまだすることがある。悲しみを抱えたまま旅立つ人、後悔を抱え苦しみながら生きる人たちを、お前なら助けられる」

「爺ちゃん…、俺は何もできない、できなかったんだ」


 薫くんにも、円香ちゃんにも、学ぶくんやお寺に居る婆ちゃん、その家族、今まで出会った亡くなった人たちの想いを叶えてあげられていない。俺はただ、聞くことしかできなかった。悔しいけど、俺は…。


 爺ちゃんはそんな俺の気持ちを見透かしたかの様に、俺の肩に手をのせガッチリと掴んだ。子どもの頃は俺の頭を優しく撫でてくれたその手が、今俺の肩の上にある。


「大きくなったな。もう頭には届かん」


 とても嬉しそうに爺ちゃんがそう言うから、俺は泣きそうになる。


「大丈夫だ。お前の優しさは伝わってる。だから諦めるな。お前を必要として待っていてくれる人のためにも、こんなところで油を売っている場合じゃないぞ」

「油って?」


「……、まぁ良い。ここへ来るのはまだ早いということだ」

「爺ちゃん、また…また会えるよね」


 爺ちゃんは軽く頷き「早く戻れ」と促す。もっと話したい。もっと聞きたい。俺はどうするべきだったのか、どうすることが正しいのか教えて欲しかった。

 そう思う反面、俺は分かっていた。爺ちゃんはきっとこう言うだろう。「お前が信じた道を進め」って。


 俺は目を閉じ会いたい人の事を想う。会いたい人、会いたい人…。

 

 今すぐ会いたい!



* * *


「う…っ」

碧海あくあ! き、気が付いた!」

「おーっ、気が付いたか。おい、先生を呼んでこい」


 バタバタと色々な情報が目に、耳に飛び込んできた。どうやらここは病院の一室らしい。左腕には点滴が繋がれていた。


「俺…」

碧海あくあくん、やっと戻ってきましたね」

「弥勒義兄? どうしてここに?」


 俺はこの部屋にいる面々を確認する。何だか大ごとになってるぞ。


碧海あくあ! よかった、本当によかった! ずーっと目を覚さないから、俺、俺…」

「斗真、何泣いてるんだ? あ、くっつくな、キモい! 離れろっ」


 涙目の斗真が久しぶりにあったワンコの様に俺に抱きついて離れない。なんだなんだ!?


 この部屋にいたのは、弥勒義兄、斗真、守屋刑事だった。如月刑事が山口先生を連れて部屋に戻って来るまでは、むさっ苦しい男どもの溜まり場となっていた。


「無茶をした様だね」

「弥勒義兄」


 そうだ、俺は円香ちゃんと話をしたんだった。そして彼女が教えてくれた証拠はどうなったんだ?


「守屋さん! 円香ちゃんは? 神々廻ししべは?」


 弥勒義兄が守屋刑事が何か言おうとするのを制した。


「守屋さん。私は義弟をよろしくとは言いました。が、危ないことをさせてくださいとお願いした記憶はありませんよ」

「いや、その…ま、元気に目覚めたんだから、いいじゃねーか。堅いこと言うなや」


「そうですよ! 守屋さん!!」


 今度は何だ? ドスドスと足音を立て病室に入ってきたのは姉ちゃんだった。すごい剣幕で守屋刑事に詰め寄ったかと思うと、涙を流して俺に抱きついてきた。


「姉ちゃん、ちょっと」

「心配させないでよ。あんたまでいなくなったら…私」

「姉ちゃん…」


 どうやら俺は三日三晩意識を失っていたらしい。意識が戻ったからと言って、すぐに退院できるわけもなく、今夜は検査入院を強いられることになる。


「姉ちゃんも弥勒義兄も、守屋さんと知り合いだったんだね」

「まぁな。腐れ縁ってやつよ」

「守屋さん、うちの弟にまで変なことさせないでくださいね。こう見えても弟なんですから」


 何があったのかさっぱりわからないが、親父と言っていいほどの年齢の守屋刑事に向かってぷんぷん怒れる姉貴は、やっぱりただ者じゃない。


「お前の無事な顔も見れたしな、俺たちは神々廻ししべ 空を追う。お前のおかげで、奴は正式に容疑者になった」

「正式って…っていうか守屋刑事、その見つかった証拠って?」

「あぁ、お前が見つけたメモリーチップに女性の写真がたくさん保存されていたんだ。その中に被害者が含まれていた。それだけじゃない。その中に1枚だけだったが、女性と写る神々廻ししべ 空がいた」


 守屋刑事はポリポリと頭を掻きながら、状況を教えてくれた。そんな守屋刑事に「もう事件のことは」と言わんばかりに姉ちゃんが睨みを利かせている。


「ま、でもよかったよ。碧海あくあが目を覚ましてくれて」

「斗真、円香ちゃんのこと…。救えなくてごめんな」


 円香ちゃんの死を再認識した俺たちは、後悔という重たい気持ちを共有した。それを打ち消すかの様に弥勒義兄が俺と斗真の肩をポンっと叩いた。


「ここからは私の仕事ですね。二人はしっかりと彼女をお見送りして、犯人逮捕の暁には報告してあげればいい」

「弥勒義兄…」

「それと、碧海あくあくん。幽玄さんほどじゃないけど、数珠を用意したから身につけておくといい。無理はもうしないでくれよ」


 俺の右手には数珠を使ったアクセサリーが着けられていた。


「ありがとう」


「よし、今日はお開きだな。退院が決まったら、如月を迎えに寄越すから待ってろ」


 守屋刑事の大きな声が入院棟のフロアーに響き渡った。


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