第16話 向かってこられたら…ね

「はて……? 弥生様、遅いですね……」


 洗濯物をパンと鳴らしながら彭侯ほうこうは空を見上げた。

 太陽はそろそろ真上に登る。

 庭の片隅に作った日時計も、そろそろ正午を示していた。


「酔っ払って……迷子にでもなっておられるのでしょうか……?」


 探しに行ってみようかと思案したとき。

 ――――ずしん。


「……はて?」


 ――――ずしんずしん。

 大きな。大きな大きな獣の足音が遠くから聞こえてきた。

 それはどんどんどんどん、こちらに近づいてきて――――、


『ぶるるるるるるるるるるるるるるるるるるっ!!!!』


「…………弥生様、なにをはしゃいでおられるのですか?」


 ゆっくりと振り向く。

 そこには龍体の弥生が少し気まずそうに立っていた。

 どうやら彭侯を脅かしてやろうか、などと考えていたみたいだが、あまりに冷静に対応されたので小っ恥ずかしくなっているようす。


「いやぁ~~~~それがねぇ……」


 しおしおしおしおしおしお~~~~~~~~。

 頭を掻きながら人間に戻る。

 背後には、なにやら大きな魔獣が転がされていた。


「野原でコイツに襲われちゃってさぁ~~~~。やっつけたんだけど……重くて持って帰れなくてね。仕方ないから龍になって引きずってきたの」

「はぁ~~~~なんとも……命知らずな生物もいたものです。神に等しい黄龍様に襲いかかるなど、愚かも過ぎてため息が出ますね……」


「でね、なんか食べられそうだなって思ったんだけど……」


「それは象と豚が合わさった象豚ゾウトンですね。象の巨躯と分厚い皮に、豚の雑食性が合わさった凶悪な魔獣です。見た目は愛らしい一面もありまずが、かつての河馬カバと同様、戦闘力は極めて高いです」


「へ~~~~え、そうなんだ。象豚ゾウトンて……じゃあ鼻くらい長くしとけっての……」

「お互い鼻に特徴のある種族ですから、豚としても譲れないところがあったのでしょう」

「はぁ~~ん……」


 興味なさそうに草袋を引きずってくる弥生。

 象豚ゾウトンの急所には電柱ほどの大きさの、槍のように尖った岩が突き刺さっていた。





象豚ゾウトンの皮膚は硬いですが、肉はやわらかくとても美味です。さっそく捌いていきますので、申し訳ありませんが筋引き包丁を作っていただけませんか?」


 ――――からん。

 なにも言わずに放り投げられる包丁。

 刃渡り30センチほどの鋭い刃は注文通りだが、作った本人は目を塞いで後ろをむいている。


「……どうされましたか?」

「いやもう……動物の解体とか、かわいそうで見てらんないの……」

「殺した御本人では?」

「正当防衛、正当防衛。それに一撃だったからかわいそうじゃないし。でも皮剥いだりとか内蔵引きずり出したりとか……そういうのはダメよ、もうほんとダメよ?」


「……ではお墓を作って丁重に葬ってさしあげ――――」

「そういうこと言ってないし。察しなよ乙女心をさ」

「はぁ……」


 つまり汚れ役は任せたということ。

 はじめっからそのつもりだった彭侯は首をかしげながらも象豚ゾウトンの首筋に包丁を突き立てた。


「まずは血を抜きます。首筋に刃を入れて頸動脈を――――」

「ゔぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


「……どうしましたか?」


「説明しなくていいから!! 聞くだけで痛いから!! ムズムズするからぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」

「……では肉の処理は後にしまして、先に昼餉ひるげをご用意いたしましょうか?」

「うーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 瞳孔を真っ黒に広げて力いっぱいうなずく弥生。

 これが本当に地上最強生物かと疑うわけではないが、疑ってしまう。


「あ、じゃがいもも見つけたんだった!! これこれ!! キノコもいっぱい取ってきたから!!」

「ああ、これは良いですね。有難うございます」





 お昼ごはん。


 赤米ご飯。

 ぶなしめじのお味噌汁。

 茄子の焼きびたし。

 ほうれん草のおひたし。

 べったら漬け。


「……なんかさっぱり献立ね……。じゃがいもは?」

「じゃがいもはオヤツの時間にお出ししましょう。では私は作業に戻らせていただきます」

「うん、ありがとう。いただきまうす」


 ――――ざしゅざしゅ……ぐちゃむちゃぎちゃ……びりびり、ボキボキ(解体音)


「ゔぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」





 そしてオヤツの時間。


「お待たせいたしました。ではオヤツにポテトチップスを作っていきましょう」

「好き!! 期待を裏切らないあんたが好き!!」


 ぼわわわわわわわわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!


「……わかりましたから銅鑼どらを鳴らすのはお止めください。……いつの間に作ったんですか……?」


 耳を押さえてよろめく彭侯。

 外では野鳥がパニックになって羽ばたき散っている。


「うわはははは♪ だってポテチったらオヤツ界の王様じゃない!! だったら盛大にお出迎えしないと!! うはははははははははは♪」


 ぼわわわわわわわわぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!


 今度は小動物たちが慌てふためき大騒動になっていた。

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