第9話 原点にして頂点

「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ぃ……。やっぱ……朝風呂は最高じゃのぅ~~~~ゔいぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……」


 残りの作業を彭侯ほうこうに任せ、弥生は温泉に浸かっていた。

 小屋の下に温泉脈を見つけたので土を操って地上に引っ張り出したのだ。

 露天風呂も岩を整列させて作った。

 岩をくり抜いて作った水道を長くして温度も調節している。

 100%源泉かけ流しの天然温泉(アルカリ性単純温泉)である。


 豆味噌もちゃんと出来ていた。

 赤黒い、赤味噌のような見た目だったが味ははたしてどうだろうか?

 醤油の仕上げと朝ご飯の支度をするあいだ、水浴びでもして待っていてほしいと提案されたのでお言葉に甘えたのだ。


 炊事、洗濯、掃除。

 すべての家事は彭侯がやってくれる。

 服や家、植物で作れるものはなんでも作ってくれる。

 衣・食・住の心配はなくなった。


「あ~~~~……文明がなくなっても、あいつがいれば私は安泰だなぁ~~……」


 湯船にワインのコップを浮かべ、優雅なひととき。

 幸せそうに秋晴れの空を見上げる弥生であった。





「お待たせいたしました。朝餉あさげでございます」

「うっひょ~~~~~~~~待ってました!!!!」


 ポカポカのお風呂上がり。

 着替えの帯も巻ききれぬまま飛び跳ねる弥生。

 テーブルの上には炊きたての赤米と、できたてのお味噌汁が並べられていた。

 味噌の香ばしい香りが部屋いっぱいに広がっている。


 実は露天風呂に浸かっているときから、すでに漂ってきていたのだ。

 弥生のお腹の虫たちは、すでにデモ行進を始めていた。

 飛びつくように椅子へ着席する。


「山に良い感じのしめじが生えていたので、しめじ汁にいたしました」

「ん~~~~~~~~~~~~~~~♡」


 味噌としめじ、そこに赤米の香りが合わさりハーモニーを奏でている。


「これは朝飯界の三重奏テルツェットや~~~~~~~~~~~~!!」

「さ、冷めないうちにどうぞ」


 や~~~~~~。

 や~~~~。

 や~~。


「……いただきまんもす」

「はい」


 さっそくお味噌汁を一口すする。

 ――――ずず……ぽぅわわわぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁ……。


「あぁあぁ……あぁぁぁぁ……ああぁぁぁぁ」

「いかがでしょか?」

「いやいや……もうもうもう…………」


 ちょっと言葉では表現できない。

 生まれて初めて味噌汁を飲んだのは昭和時代。

 味噌汁の歴史は鎌倉時代からだというが、その頃は穴籠あなごもり中で食べられなかった。

 なので弥生にとってはすごく最近の汁物であるのだが……なんでだろう、心の底から懐かしく感じる。

 味噌の風味が、塩気が、栄養素のすべてが体に染み込んでいくようだ……。


「ありがとう。ありがとうありがとう」


 泣きながら彭侯の手をにぎる。

 感謝の味。

 味噌汁を例えるなら、そう表現したい。


御御御付おみおつけ~~御御御付おみおつけ~~。御御御御おんおんおんおん御御御付おみおつけ~~」

「わ……わかりました……わかりましたから鼻水を私の服に擦り付けるのはお止めください」


 しめじも最高だった。

 『香り松茸、味しめじ』などと言うがとんでもない。

 しめじもメチャクチャええ香りでんがな。

 土の精気が返ってくる。完全なるふるさとの味。

 そしてごはん。

 しめじの豆味噌汁と赤米ごはん。

 合わないはずがなかろうに。


「あんたもう……はい、逮捕。これはもう逮捕。やりすぎ、暴力」


 ノックアウト寸前の弥生。

 しかしまだ真打ちが残っていた。


「……こちらもお試しください」


 コト……。

 置かれたのは注ぎ口の付いた小さな小瓶。

 お風呂前に頼まれ、弥生が作った醤油差しだった。


「……おかずは?」

「焼き魚に大根おろし、山菜のおひたし……いろいろ考えたのですが」


 彭侯はちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 そしてお茶碗の上で指をくるっと回す。


「……やはりここは直接一回ひとまわし〝醤油かけご飯〟が最初の品に相応しいかと……」

「みなまで言うな、みなまで言うな。おヌシ……どこまでもわるよのぉ~~~~」


 そんなもの美味いに決まっているじゃないか。

 ど真ん中直球火の玉ストレート。

 食卓のエースに対し、これほど相応しい要求があるだろうか?


「いや、ないっ!!!!」


 ザッと一回し。

 濃厚な、そして気品あふれる黒いしずく

 赤米のほのかな桃色に神秘の◯が描かれた。


「いただきまんもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっSUっ!!」


 箸で軽く混ぜ込み一口パクリ――――はい、ドッカン。


「うんめぇぇええぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


 お下品? 貧乏くさい? 塩分過多?? 知るかそんなもの!!

 語彙ごいを彼方に放り投げた弥生は屋根を突き破らんばかりに、ごくシンプルな感想を叫んだ。

 食べ物をたたえるに、これ以上の言葉は存在しないのだから。

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