第10話 ゆずりあい

「弥生様。お昼までにもう一度収穫にいきませんか?」


 たらふく朝ご飯を食べて、酒を飲んで、庭の芝生に寝転んでいたダメ人間。

 ――――もとい弥生。

 彭侯ほうこうの提案に何事かと目を丸くした。


「次は米酢こめずを作ろうかと思ったのですが……材料の赤米が無くなってしまって、大豆も底をついてしまっているので補充したいのです」

「……そ、それは一大事だわね」


 他のことならともかく、メシの話となれば黙っているわけにはいかない。

 糖分が回って眠たくなっている頭を叩き、えっこらしょと体を起こした。





 そして前回採取作業をした西の沼地へやってきた。


 林の中にひっそりと佇む沼は一周1キロほどのこぢんまりしたもの。

 その縁にぷくぷく実った赤米がまだまだたくさん残っていた。

 赤とんぼがチラチラ舞って、なんだが落ち着いた気分になる。


「このまま放置していても鳥の餌になるだけですから。今日はあるだけ刈ってしまいましょう。……ツタたちよ起きなさい」


 草木に命令する。

 すると茂みの中からするするとツタが現れて、あっというまに沼の周囲を囲むように整列した。


「弥生様、お願い致します」

「使い捨てだから石鎌でいいよね?」


 弥生は岩を操作して鎌型の石刃を作った。

 それを一本一本ツタたちに渡していく。


 ざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅざしゅ。


 受け取ったツタたちはせっせと体を揺らして捻って振り回して作業を進めていく。

 半分は稲を刈り、半分はそれを束ねる。

 見事なコンビネーションである。


「はい。これで小一時間もすれば終わるでしょう。次は大豆ですね」

「ねえねえ、全部刈っちゃうのは止めてあげようよ」


 弥生の視線の先。

 沼を囲む木々たち、その枝。

 心配そうに作業を見つめる小鳥たちがたくさんとまっていた。


「……お優しいですね。では収穫は7割ほどで」

「5割でいいよ」

「よろしいので?」

「あの顔みたらさ……奪えないわぁ~~」

「偽善者ですかな?」

「メンクイって言って」

「それで良いのでしたら……」





「さて、大豆もこんなものですか? たくさん採れて良かったです」


 こちらもにょろにょろうごめくツルたち。

 周囲には豆をパンパンに詰めた草袋がゴロゴロ転がっていた。


「……ねえ、ここらに亜人ってどのくらいいるの?」


 猫人が住んでいると言われたあたりを遠目に見ながら尋ねる弥生。

 相変わらず生活煙らしきものが上がっているが姿は見えない。

 それどころか建物すらも見えず、いまだ猫人とはどんなものか想像がつかないでいる。


「我々の住処である野坂岳周辺には猫人ねこびと犬人いぬびと、カワウソびとがいます」

「カワウソビトってなにさ??」

「カワウソと人の混合種ですね。水陸両用でみゃ~~~~と泣きます」

「ぜったい可愛いやつだ……」

「犬人は種類が多いですね。大型犬から小型犬まで千差万別ですが、みな知能が高く力も強いです。気性は穏やかな者が多く人懐こいです」


「どこに住んでいるの?」


「猫人はこの付近、旧若狭町に。犬人はその北、旧美浜町に村を構えています。カワウソ人は神出鬼没で水のある所ならどこにでも現れます」

「へ~~~~え……」

「……気になるのでしたら挨拶にでも行きますか?」

「…………どうだろう。受け入れてもらえるかな?」

「動物化した人類はみな感覚がすぐれていますから……そのお姿でも見抜かれると思いますよ?」

「そうか~~じゃあいいや。もう崇められるの嫌なんだよね。アレってさビックリするほど退屈で窮屈なんだよ。……こそばゆいしさ」

「……私も弥生様と自由に暮らす方が楽しいです」

「だよね~~~~(ポッ)」





「ちょっと……どうかな? これは採りすぎたんじゃない?」


 林の中には収穫した赤米と大豆、その他諸々の野草がくくられ、草袋に詰められ山積みにされていた。

 制限したとはいえ、それでも二人ではとても持ちきれそうにない。

 持てたとしても人間形態では羽が小さくて飛び立てない。


「何度も往復すればなんとかなるケド……それも面倒いしなぁ~~~~」


 弥生はキョロキョロ周囲を見回すと誰もいないことを確認する。

 彭侯はそんな弥生の思惑を読んで、それぞれの袋をツタで繋げてまとめ上げた。


「少しならいいっしょ。元の姿に戻って一気に運んでしまおう」

「はい」


 精神を集中する。

 すると弥生の体がまばゆい光を放ち、輪郭が歪みはじめた。


 ――――ざざざざざざざざざざざざざざざざ――――バササササッ!!!!


 沼の水面が毛羽立けばだち騒ぎ、野鳥たちが空へと逃げていく。

 弥生の体はどんどんどんどん大きくなっていき、やがて黄金に輝く、大きな龍の姿に変化した。


 ――――ずしん……ずしん。


 足の重みが地面を揺らし、重い音を響かせる。

 林の木々から、頭がひょっこり抜け出てしまった。

 目立たないようにしゃがみ込む。

 そして荷造られた収穫物を両手にかかえ、口にもくわえ。

 彭侯が尻尾にしがみついたのを確認すると。


『とう!!』


 ――――ばさぁっ!!!!

 大きな大きな龍の翼を羽ばたかせ、浮かび上がった。


「さあ、誰にも見られないうちにさっさと帰るよ。しっかり掴まってなさいよ」

「はい」


 そして野坂岳へと去っていく黄金の龍。

 その姿を、三角の可愛いい耳を薄っぺらく折りたたみ目を真っ黒にした数十匹の猫たちが、震えながら眺めていた。

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