第8話 醤油しぼり

「……なぁ~~~~んか見たことあるなぁ……これ」


 こうじに気合を入れて頑張らせた結果、うまく豆麹まめこうじができあがった。

 黄色がかっていた大豆が麹菌に包まれ白く変色している。


「昔さあ、カップラーメンとか放置してたらさぁ、スープによくこんなの浮かんでたよね。七色で。その中の白いやつに――――」

「そこまでで止めておきましょう弥生様」


 はしたないにもホドがある。

 額を押さえて呆れる彭侯ほうこう

 昭和から令和にかけて、弥生はアパート暮らしをしていた。

 田舎の町とはいえ緑の少ない街中で、思うようにお世話ができず、だらしない生活をさせてしまっていたことを恥に思っている。


「完成した豆麹。半分は味噌に使うので残りを桶に入れて一緒に塩水も入れます。分量は1:1くらいですね」

「ほうほう」

「表面を平らにならしたら、布を敷いて重石をのせます。弥生様お願いできますか?」

「がってん」


 庭で良い感じの漬物石を切り出す。

 小さめの物をいくつも作り、桶全体に並べた。


「この状態で一年寝かせます」

「早送り~~早送り~~♪」

「なんですが。さすがにすぐには終わりませんので……まぁ一晩ほどかかります」

「なんでぇ~~」


 ちぇっ、と小石を蹴る弥生。


「昭和の子供じゃないですか。……その間に味噌も仕込みましょう」

「いよ!! 大統領!!」


 仕込みが終わった醤油桶。

 豆の量が少なかったのでバケツサイズだが、とりあえずは良いだろう。

 味噌も同じくらいの量を作るつもりである。


「味噌はまず、煮豆を潰すところから始めます」


 ぷりぷりの豆を桶に入れ、手でぐにょぐにょと揉み潰す。

 広げた手をにゅっと閉じると指の間からニョっとはみ出る。

 こねこねこねこね。ニョムニョム……にゅらにゅらにゅらにゅらにゅら。


「手つきよ」

「……変な妄想はやめてください。はしたないですよ?」

「『手つき』って言っただけだし!!」

「少し粒が残っているくらいが田舎味噌っぽくて良いので、このへんで」

「そうね。やっぱ『田舎』って美味しそうよね」

「次に『塩切しおきり麹』を作っていきます」

「また新しいワードがでた」


 別の小さい桶を準備する彭侯。

 その中に残しておいた豆麹と、その半分くらいの塩を入れた。

 そしてシェイクシェイクシェイク。


「これで塩切り麹のできあがりです」

「なんじゃそりゃ~~~~」

「いけませんか?」

「ただ塩混ぜただけじゃん!?」

「まぁ、それでも大切な工程なので名前がついているのですよ」

「解せぬ」

「そしてこの『豆麹に塩を混ぜたもの』を潰した大豆と合わせます」

「おい」

「さらに水を適量くわえてもみもみもみもみもみ」


 ねちょねちょねちょねちょ。


「仮にもね、若い男女がいる部屋で」

「龍族様と森の精霊です。間違いなど起こるはずもありません。し、なぜそういう話に向かうのか理解もできません」

「できたからこそ怒ってるんじゃないのかい?」


 黙って新しい桶を用意する。


「混ぜ終わった『味噌の元』を別の桶に詰め直します」

「わざわざ?」

「こうして小分けに、おにぎり状に丸めつつ空気を抜くのです。それを順番に詰めて、さらに時々押して均一にならしていきます」

「おお~~もう味噌っぽいね~~」

「ならし終わったら落し蓋をして重石を――――」

「ぬおゔぃ~~」


 今度は大きめの石を持ってくる。

 人間の姿でいるときは相応の筋力しかない弥生である。


「申し訳ありません。……あとはこのまま一年寝かせて完成です」

「ってことは明日?」

「はい」



 て~れ~れ~れ~れってって~~~~♪(ドラ◯エ宿屋)



「はい、おはようございます。ゆうべはお楽しみでしたね」

「なんの話です?」

「ド◯クエⅠ」

「私はやったことがございません」


 弥生が寝ている間、彭侯は精霊体に戻って植物の中にいる。

 周囲の植物が多ければ多いほど精霊としての能力が強くなる。

 1000年前と今とでは、比べ物にならない。

 一晩経って、部屋の中はすっかり醤油と味噌の匂いが充満していた。


「どうやら上手いこと発酵が進んでくれたようですね」

「うん、そうね。でも部屋の中でやることなかったかもね。服が味噌臭いわ」

「……あとで味噌蔵を建てておきます」


 さわやかな朝だった。



 醤油桶から重石と布を外してみると、中に茶色いドロドロとしたものがあった。

 ツンと刺激的な匂いもする。


「これが醤油の元となる『もろみ』です。これを搾った汁が醤油になります」

「やったね」

「ではこれを搾り機に入れましょう」


 彭侯が作った搾り機は撥ね木搾りはねきしぼりというもので、テコの原理を応用した圧搾機である。

 長い木材の端に重石を引っ掛け、その圧力で桶の中身を押し搾るのだ。


「まず、桶の中に布を敷き、その上にもろみを適量広げます。布の四方を畳んで、さらに布をかけ、またもろみを広げます。これをずっと繰り返して重ね上げて行きます」

「ミルフィーユみたいね」

「そうですね」


 言っているうちに桶の下から汁が滲み出てきた。

 黒い液体がちょろちょろと流れ出てくる。


「自重でも、ある程度は搾れます。これは『生揚きあげ醤油』と言ってすでに醤油なんですよ。味見してみますか?」

「もちろん」


 興味津々、指ですくってペロリと舐めてみる。


「うっっっっっっっっっっっっっっっっっっまっっっっ!!????」

「そうでしょう? この後、ろ過と加熱処理をして発酵を止めれば本当の完成となります」

「すごいねぇ~~。作れるもんだねぇ~~~~自分たちでも」


 どんどん搾り出てくる手作り醤油

 なんだか丸儲けした気分の弥生であった。

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