第17話 話を書きかえる


(俺の為に。俺の所為で――)

 こんなにたくさんいるのに。一人で来るなんて。

(どうしよう。どうすればいい? 何とかならないのか?)


 ガチャガチャと車のドアを開けようとしたが開かない。

(運転席は? 後ろのドアは?)


 そうして車内を見回す藤崎の目に飛び込んできたのは、後ろの座席に放り出されている自分のパソコンだった。

 動く方の手でパソコンを後ろの座席から取る。膝の上に乗せて開いて電源を入れた。内臓バッテリーがまだ残っていれば起動するはずだった。


(頼む。点いてくれ!)

 ウィンと小さな音がした。

 早く、早く画面よ出てくれ。

 祈るような思いで待つ。


 シーヴは車を見つけ、真っ直ぐこちらに向かってくる。と、そこらじゅうから影が現れて、藤崎の乗っている車とシーヴとの間に垣根が出来る。


「藤崎という地球人がそこに居るか?」

 シーヴの朗々とした声が車のガラス越しに聞こえる。シーヴの前に出たのは甲斐だ。


「これはイェフォーシュ艦隊司令長官殿、ようこそ。よほどあの地球人が気に入ったと見える。我々のアジトを探る為に、あいつを囮に使ったくせに」


(囮……? 俺が囮?)


「仕方がなかった。お前たちは決まった形質を持たない。寄生した星の住民に姿をやつして、その星の住民を食い尽くしては他の星へと移動する。我々は、やっとこの星までお前たちを追い詰めた」


 星の住民を食い尽くすエイリアン。それが甲斐たちの正体なのか。

「お前たちは我々の連絡網を手に入れて、逃げようと画策した。サクヤがオーバルを持っていた以上、お前たちは必ず接触してくると踏んでいた」


 甲斐が盗み出したあの青いボタン。あれがうちの会社に間違って来て、シーヴが藤崎の前に現れた。藤崎がいつもシーヴの船から下ろされていたのは、囮に使う為だった。

(あの甘いひと時はそれだけの為……!?)

「藤崎は車の中に居るぜ」

「連れて帰る」

「生憎だがそれは出来ん。車に爆薬が仕掛けてある。開ければ、中の藤崎は木っ端微塵になるぞ」

 甲斐はそこで低く笑う。


「あんたら連邦警察の連中の硬くて不味い肉と違って、あいつは極上の蕩けるような肉をしているからな」

 シーヴが黙った。


 なんて事をしてくれるんだ、甲斐は。

 パソコンの画面が出た。藤崎はワードを起動する。イライラとソフトが立ち上がるのを待つ。

「条件次第では助けてやってもいい」

 甲斐がシーヴに交換条件を持ち出した。


「ほう、どういう事だ」

「我々を見逃して欲しい」

「出来んな」

 シーヴは甲斐の出した交換条件をあっさり蹴る。


「ふっ、ならばお前ら諸共、ここに埋め立てるまでだ」

 甲斐の声がそう言う。

 交渉が決裂したのか!?

「焦るな。私にはその権利がないということだ」

 どういうことだろう。シーヴは一番偉そうに見えたし、態度も偉そうだが。大体、艦隊司令長官なんだろう?


「何だ、お前は下っ端か」

 こちらはラーゲルの拍子抜けしたような、馬鹿にしたような声。

「いや――」


 だが、シーヴが答えようとした時だ。ドーンと音がしたのだ。地面がぐらぐらと揺れる。

 何が起こったのだ。まだ交渉中じゃないのか。


「畜生!! 連邦警察は、長官もろとも俺たちを皆殺しにするつもりか!?」

 甲斐の罵声が聞こえる。シーヴは何と言っているのか。

 ズ――ンと地響きがする。バラバラと天井が落ちてくる。


「船だ――!! 船がやられた!!」

 エイリアンの怒声がした。


「何だとっ!!」

「そうか、そういうことか。分かったぞ。みんな散れ!! 逃げろ!!」

 甲斐が叫ぶ。地面が揺れて、黒い影が逃げ惑っている。

 金色の髪が見える。有象無象の影の合間に。早く逃げてくれ。どうせ藤崎は囮なのだ。


「シーヴ、逃げてっ!!」

 藤崎は車の中から叫ぶ。

 ワードの画面になった。書きかけの話を呼び出す。左手なのがもどかしい。車の外で爆発音が響く。車がガタガタと揺れる。

 話を書き換えるんだ。だが今となっては、どういう風に――。



 レジスタンスのアジトにエイリアンが来る。藤崎は戦闘の最中に怪我をして、気を失ってしまう。


 そして――。


 藤崎が目を覚ますと全てが消えていた。エイリアンも、レジスタンスも何もかも。藤崎は夢を見ていたのだ。



 これは藤崎の作った話。全て架空の物語。


 エイリアンは地球に来なかった。甲斐はレジスタンスにならなかった。全ては藤崎の夢の中の出来事。

 書き上げてセーブした。それからすぐ画面が黒くなって消えた。バッテリーが無くなったのだ。



 ホッとしたのも束の間、不意に車の外が真っ赤に染まった。ドーンと鼓膜が震えるような振動。衝撃で車の窓ガラスが割れる。ガラスの破片がバラバラと耳を覆った藤崎の身体に降り注ぐ。


 大きく車が揺れて宙に浮いた。驚いて窓の外を見た藤崎の目に、シーヴが手を差し伸べるのが見える。


 まだ居たのか。どうして逃げない?

 もう藤崎は、囮としての用は果たしただろう。同情なのか?

 命が危ういのに。偉いさんだろう?


「サクヤ!」

 はじめて藤崎の名前を呼んだ。

「シーヴ!」


 藤崎はその手に向かって車から身を乗り出した。使えない右手が悔しい。


 どうにか車から身体を出し、足でドアを蹴って跳ぼうとした時だ。今度は後ろからドーンと衝撃が来る。ショックで、藤崎は気を失ってしまった。



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