第16話 囮


「あの話は、あいつに聞いたのか」

 甲斐が藤崎を押さえつけて聞く。


「いいや、あれはただの俺の空想の産物だ」

「そうか。まるで俺たちの事かと思ったぜ」

「俺たち……」

 ドキン。甲斐の口にあるギザギザの歯。サングラスを外した瞳は虹彩が猫の瞳のように縦長で。


 甲斐は、甲斐はもう食われていたのか。コイツが、こいつらが――。

 頭がカッと熱くなった。決して甲斐を嫌いではない。ずっと憧れてもいた。一緒にエイリアンを倒そうと思ったのに。


 甲斐に化けたエイリアンに掴みかかった。だが反対に、その腕を掴んで捻り上げられる。ボキッと鈍い音がした。

「うわああ――!!!」

 物凄い痛みに襲われて、叫び声を上げる。藤崎の腕が変な形に曲がった。


 甲斐は藤崎の腕を投げ出すように離した。

「くっ……」

 藤崎は腕の痛みでシートに突っ伏し、青い顔で甲斐を睨む。


「いつだ!! いつ、甲斐と入れ替わったんだっ!?」

「もうずっと前だよ」

 何てことだ。

「じゃあ、甲斐が安斎係長を罠に嵌めたのか!?」

「中々勘がいいじゃないか」

 にやりと笑う甲斐は別人のようだ。いや、別人なんだ。


「あの青いボタンは、お前が……」

「あいつらのを盗んだんだよ。あれがあると色々と便利なんだ」

 身を起こしニヤニヤと笑って甲斐は言う。

「地球のお偉いお歴々を騙して、苦労して盗み出したのに、トルマリンに混ぜて運ぶ途中に手違いが起きて、お前の会社に行ってしまった」


 藤崎の手で外れたサングラスを掛け直す。

「お前の部屋を探したけれど、もう無かったな。代わりに面白いものを見つけたけれど」

 甲斐が後ろのシートから、藤崎のパソコンを引っ張り出した。藤崎は唇を噛む。

 きっと、アパートを見張っていたんだ。そして、ベランダに出たシーヴと藤崎に気が付いた。あの後、青いボタンを見つける為に、部屋を家捜ししたのか。


「あの青い石は一体」

「オバールって云うんだよ。翻訳機能付きスマホみたいなもんだ。俺たちだけじゃない。あいつらの言葉も翻訳するのさ」

 パソコンを後ろの席に投げ出し、甲斐は再びハンドルを握って車を発進させる。

「あいつ、お前を餌にして、俺たちを一網打尽にするつもりだったんだろうが――」


 シーヴがそんなっ!!??

「お前は美味そうだからな」

 そう言って不敵な顔で笑った。

 青い顔でシートに蹲る藤崎を乗せて、車は人通りの少ない広い道を、真っ直ぐ建設中のビルに向かって走った。


 グレーのシートと鉄骨の間を潜り抜けて、車は小さな部屋の中に入って止まる。車を降りて甲斐が操作すると、部屋のドアが閉まり、がたんと揺れてゆっくりと下に下りてゆく。

 どこまで下りたのか、ふわりと上がる感覚がしてガタリと部屋が止まった。部屋のドアが開く気配がする。甲斐が再び車に乗り込んで発進させた。


 そこは暗くて広い空間だった。車を止めて甲斐が降りる。藤崎の乗っている側のドアが開いて、藤崎は車の外に引きずり出された。

「うあっ!! 痛い」

 痛む腕を抱えて蹲る。藤崎の周りに無数の足が見えた。湿った土と苔のにおい、そして微かな腐臭がする。


「やあ、この前は残念だったな」

 聞いたことのあるだみ声がそう言った。

「ラ、ラーゲル……」

 声のした方を見上げた。四十ぐらいの男がいる。貫禄のある目付きの鋭い男だ。

「覚えていてくれて嬉しいよ」

 あの店にいた二人のお付もいる。そして安斎係長も、長町という太った店のマスターも──。


「この前は残念だったな。君も我々の仲間になれる所だったのに」

「連邦警察の犬め」

 店のマスターが吐き出すように言った。

「連邦警察……?」

 甲斐が助けてくれたあの時、確かそういう言葉を言わなかったか?

 だが、間近に迫る足に、藤崎の思考は中断する。

 何人ぐらい居るのだろう。藤崎が店で見たよりは数倍はいる。

 それらの有象無象の影の中から甲斐が進み出た。


「こいつを人質に誘き出したらいい。あいつの弱みはコイツだ。きっと来るぜ」

「シーヴの弱点……が……!?」

 甲斐の言葉に驚いた。書きかけの藤崎の話が、そんな風に姿を変えるなんて。

 ラーゲルが甲斐に交渉する。

「その前に一口。味見をさせろ」

「指一本でいいか」

「腕一本ぐらい、なくてもどうってことはなかろう」

「不味くなる」

 怖気が込み上げる。


 この場で主導権を発揮しているのは甲斐だ。甲斐がリーダーなのだ。しかし、レジスタンスでなければ、何の――?


 甲斐は藤崎の腕を掴んで起き上がらせる。

「くっ」

 痛みに冷や汗を流しながら立つと、甲斐は自分の車に藤崎を乗せた。

「そこで待っていろ。あいつが来るから」

 甲斐がドアをロックすると、中からドアを開くことが出来ない。

 藤崎は動く方の手でドアを叩いて喚いた。

「シーヴが来る訳ないじゃないか!!」


 藤崎はシーヴの現地妻で、現地の後腐れない遊び相手で、弄ばれただけだ。そうだ。それでいい。だから、来るな。

「甲斐っ!!」

 甲斐はニヤリと笑って闇の中に消える。

 ざわざわとしたざわめきが、潮が引くように静まり返ってゆく。暗い地下の洞は闇に落ちる。


 どれだけ時間が経ったのだろう。

 カツンと足音がした。

 ゆっくりと規則正しく近付いてくる。

 暗い洞に浮かび上がる均整の取れた肢体。軍服姿のマントが翻ってどちらが悪役かというような姿だ。金色の長い巻き毛がサラと揺れる。背の高い美丈夫が現れた。


(シーヴ!!! 一人で――)


 立ち止まりも走りもしない。ゆっくりと確実に近付いてくる。カツンと靴音を響かせて。


「来るなぁぁ――!!!」

 藤崎は叫んだ。


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