第15話 甲斐じゃない
しばらく気を失っていたらしい。目を覚ましてすぐに周りを探すと、金髪のエイリアンはすぐ側に身を横たえて天井を睨んでいた。
他の部屋と同じ、何の装飾もない素っ気ない天井。低くて寝心地のよいベッド。
最初のときの穴倉や、二度目のときのジャングルは影も形もない。
「シーヴ……」
呼ぶと、長い指が藤崎の髪を掻き混ぜる。
「なあ。今、艦隊はどこに居るんだ?」
何気ないように聞いた。
「月の裏側だ」
天井を見たままでシーヴが答える。
本当に艦隊が来ているのか。地球はもう時間の問題なのか。
「あんたらって、元は一体何なんだ?」
「何に見える?」
長い指は藤崎の髪を掻き混ぜたまま、藤崎の問いを軽くかわす。
「トカゲじゃないって言ったよな」
シーヴは答えない。
藤崎を襲ったボスのラーゲルという男なら、トカゲにも見えるけれど。そういえば、シーヴはあの男についても何も言わない。
何で何も言わないんだろう。それに、あいつら何で逃げたんだろう。あの時、甲斐は何と言ったっけ?
極度の恐怖と薬の所為で、藤崎の記憶はあやふやだ。
「こんな事をしていても不毛だよな」
どうせ食われてしまうのに。
「食われるんなら、あんたがいいな」
男の長い金髪を指で弄んで、睦言のように囁く。
「他の奴じゃ嫌だ。あんたが俺を食ってよ」
ゆっくりと街の人間と入れ替わったエイリアンが、やがて街を占拠して工場を作るんだ。そして人類家畜化計画が始まる。
藤崎の話と若干違うけれど、こういうのもありかもしれない。
そうなったら、自分は真っ先に食われたい。誰の血肉になるよりも、この男の一部になりたい。
しかし、シーヴは何も言わないで、あやすように藤崎の髪を掻き混ぜる。
もっとたくさん聞きたいことがある。どこから来たのか。元は何なのか。本当に人類を家畜化するのか。
でも、その手が気持ちよくて、藤崎はゆっくりと眠りへと落ちていった。
翌日、藤崎はシーヴの船からアパートの前に降ろされた。
もうシーヴの船に戻ることはないだろう。藤崎は甲斐と一緒にレジスタンスに身を置いて、エイリアンをやっつけるのだ。
何故か涙が頬を伝う。
シーヴと恋愛なんかしなかった。一方的に伽を命じるだの何だの言われて襲われて、好き勝手されて放り出されて――。
あんな奴なんか、ちっと顔がよくて偉そうで立派で、ただそれだけじゃないか。
涙を拭って、藤崎はアパートの階段を駆け上がった。
アパートに帰って着替えていると、スマホに甲斐から連絡が入った。
「藤崎? 大丈夫か? 生きているのか? 今、どこに居る?」
と矢継ぎ早に質問する。
「生きているよ。今、アパートだ」
藤崎がそう云うと「すぐ行く」と甲斐はスマホを切った。
シーヴは藤崎のスマホも取り上げなかった。シーヴの考えていることが分からない。
藤崎一人がどう足掻いても、もうどうしようもないという事か。立ち向かえるとは思っていないが。そもそも、相手は宇宙船で地球まで来るほど文明の発達した星の人間なのだ。地球人を煮て食おうが焼いて食おうが、敵う訳がない。
それでも、悪足掻きでも、何でも、何かしない訳にはいかない。食われてしまうまで。
シーヴは藤崎を食ってくれなかったから――。
食ってくれないのなら、何であの甘い蜜のような時間をくれたのだ。藤崎の未練は募るばかりだというのに。
とりあえず甲斐と一緒にレジスタンス活動をしよう。最小限の荷物を持って。
荷造りをして部屋を見回している内に気が付いた。藤崎はシーヴにパソコンの事を聞いていない。
よく考えてみれば、シーヴは藤崎とずっと一緒だった。あの日、シーヴが部屋に来たとき、パソコンはテーブルの上にあった。だからあの金髪美形のエイリアンには藤崎のパソコンを盗み出すことは出来ないのだ。
部下に盗み出させたのだろうか。だが部下は船に乗っていた。
大体、藤崎のパソコンが必要なら、ややこしい事をしなくても、藤崎と一緒に持って行く筈だ。シーヴはいつも藤崎に対して問答無用の奴だった。
それでも、そこに何らかの感情がなかったかと、欠片だけでもありはしないかと縋るのは、シーヴにまだ未練がある所為か。
あの俺様な美丈夫に――。
藤崎は首を横に振る。シーヴのことを考えても仕方がない。それよりもパソコンだ。
シーヴが持って行ったのでなかったら、一体誰が持って行ったのか。
安斎係長だろうか。
係長は藤崎のアパートを知っている。会社に書類があるからだ。係長はエイリアンの手先だ。すでにエイリアンに食われて、代わりのエイリアンと摩り替わっているのだ。あの場に居たラーゲルという男が多分一番偉いんだろう。
そういえば、シーヴにラーゲルという男の事を聞かなかった。当然部下だと思っていたからだ。だが、もし、違うとすればどうなる!?
ラーゲルはエイリアンの艦隊でも目付け役とかそういう立場で、シーヴのことをよく思っていない。で、シーヴのやっている事が温いと考えて、仲間割れとか――。
藤崎がそこまで考えたとき、部屋のドアホンが鳴った。
ドアを開けると、サングラスをかけた甲斐がドアの外に立っている。
「藤崎。無事でよかった」
甲斐は嬉しそうに藤崎の手を握った。少し冷たい手だ。藤崎の肩を軽く叩いて、無事を喜んでくれる。
「迎えに来た。ここは危ない。早く行こう」
藤崎は頷いて、少しばかりの着替えを詰めたバッグを背負って、甲斐の車に乗り込んだ。
「どこに行くんだ?」
「俺たちのアジトがあるんだ」
「そうか」
レジスタンスはアジトを拠点に、エイリアンに敵わないまでも応戦するんだ。そして彼らの弱点を探り出す。
「皆を紹介してやるよ」
ハンドルを手に甲斐はそう言って、何故か笑った。
「あのエイリアンに会ったか? 何か分かったことはないか」
と聞いてくる。
「艦隊が月の裏側にいるって」
シーヴが藤崎に答えてくれたのはそれだけだ。後ははぐらかされている内にどうでもよくなってしまった。
「ふん。悠長なことだ。他には?」
「別に」
「そうか」
車は人通りの少ない埋立地の広い道路を走っている。辺りは空き地と倉庫のような建物だけで、遠くに工事中らしい高いビルが見える。車はそれに向かっているようだ。
甲斐はハンドルを左に切って、路肩に車を寄せ停車した。どうしたのかと藤崎は隣でハンドルを握っている男を見る。
「藤崎。お前が好きだ」
甲斐はいきなり藤崎のシートを押し倒して、覆いかぶさって来た。
「待ってくれ」
藤崎は甲斐の身体を手で押し戻す。甲斐はすっきりしたイケメンで行動力があって、あの何を考えているか分からないエイリアンよりも、ずっとましだと思う。だが、甲斐と育むのは友情であって、恋愛ではない。小説にも書いたし、実際今一緒に居ても、そんな感情は持てなかった。
「すまん。俺は友人として――」
藤崎が謝ると甲斐は唇を噛んだ。
「あの話はどこで聞いた?」
「え……? なに?」
甲斐が何を言い出したのか藤崎には分からない。
「お前がパソコンに書いていた、あの話だよ」
甲斐が何で知っている!?
藤崎の頭に疑惑が暗雲のように垂れ込め出した。
まさか……、甲斐が盗んだのか!? 何故──!?
間近に迫った甲斐の顔を見る。サングラスの奥の虹彩が細長く見えた。手を伸ばしてサングラスを奪った。
その下に現れた顔。縦に細長い虹彩。ギザギザの歯。
「甲斐じゃないっ!?」
悲鳴のように叫んだ。
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