第9話 ステラ発見(ダレル)


 かったるい。めんどくさい。逃げてしまおうか。ステラの鈍色の髪、塑像のような姿が胸に過る。最後に見たのはいつだったか。マジックバックを睨みながら少し考えた。が余計な思考だ。俺は任務を遂行するだけだ。


 気を取り直してバッグを手に取る。クロスベルトは金属が填め込まれ頑丈に出来ていて、少しの斬撃ぐらいでは切れそうもない。机の上の支度金と地図と伝書鳥をマジックバックに入れた。あれだけ入れたのに軽い。腰のベルトを替える。軽い。その場で飛んでみたがずっしりと重い筈の支度金の音もしない。

 外した前のベルトをマジックバックに入れて部屋を出た。



 自分の部屋に戻って身支度を整えるとそのまま出発する。馬車一台分の荷物が入るのに重さを全然感じないのだ。楽ってもんじゃない。馬も馬車も必要ない。身一つでふらりと街に行くように屋敷を出て、王都の門を出て街道を歩く。

 必要な物は途中の村や町で買えばいい。


 途中の大きな街に寄って武具と食糧を買い込む。そして替え馬を借りた。森付近までは馬を乗り継いでゆく。

 ステラの行方は今もって知れない。もう令嬢ステラが行方不明になって、ひと月が経つ。普通なら生きていないと考えるべきなのだろう。



 しかし、サイアーズの森に近付いたある日、俺のあとを尾けて来る王家の暗部がいるのに気付いたんだ。


 ステラは死んではいない。生きている。そして王家の暗部はどちらの味方なのか分からない。場合によっては見つけた途端バッサリもある。

 公爵の望みはステラを連れて帰ることだ。俺ひとりに、国に関わるような案件を押し付けて欲しくはないが──。



  ◇◇


 サイアーズの森は深く魔素が濃く流れ、魔獣が多い事で有名だ。入ると直ぐに出迎えてくれるのが魔狼だ。群れで来るから少人数で行けばすぐにやられてしまう。


 幸いな事に樹木は生い茂っているし、木に登って枝や手持ちのロープを投げて移動した。魔狼がいなくなったところで木から下りる。そこに靴のかかと部分が半分土に埋もれて落ちているのを見つけた。

 明らかに女性用だし、そんなに古くもないようだし、こんな森の中にハイヒールを履いて来るバカはいないだろう。


「忘れ去られた形見よ、跡を残して主の元に戻れ『ヴェスティジ』」


 かかとを地に戻すと勝手に動き出してどこかに消えた。痕跡だけが残って森の奥へと細々と続いている。

 なるほど、生きているようだ。あのかかとの持ち主がステラなら──。



 しばらく行くと、今度は角が幾つも生えた角イノシシが現れた。晩飯にちょうどいい。勢いをつけて走って来るのを躱して、喉元の急所に剣を突き刺して仕留める。水辺に運んで捌いていると、匂いを嗅ぎ付けて魔狼が来たので、ロース部位とヒレ部位それにバラ肉などを取り置いて、残りを魔狼にやる。

 枯れ枝を集めて石で囲い、火を起こして肉と野菜を香辛料をかけて焼いて食べる。魔狼は火の近くには来ない。


 野営には魔物除けの魔石を置く。暗部の奴らは襲い掛かって来ないだろうか。

 後を尾けてはいるがまだ手出しはしない。油断はできないが、ステラを見つけてからが勝負だろうか。


 境界の森は深い。魔物は次々に現れる。木にぶら下がる手の長い猿ギボンとか、水辺の樹木に棲む大蛇ウオーターボアとか、大きな毒蜘蛛キングバーブ―ンとか、ひとりの少女を一撃で殺せる威力を持った魔物が、次々にこれでもかと出て来るのだ。これでどうしてステラが生きていると考える事が出来るのだろう。

 先程も大きな爬虫類が横切って行ったし。


 こんな森の中でステラを見つけるなんて、砂漠に落ちた一粒の宝石を探すようなものだ。だが深い森の中、一筋の痕跡が途切れなく続いているのだ。

 この跡を追いかければステラに会える。



  ◇◇


 そしてやっと俺は見つけた。ステラがいるのだ。朽ち果てた小屋の向こうに。

 何だか楽しそうに歌を歌いながら畑で作業をしている。

 公爵令嬢がこんな森の中の潰れそうな小屋に──。



 だが王家の暗部も俺の後を追いかけて来ている。立ち止まった俺は、奴らに不審に思われたようだ。ザワリと俺を囲む気配がする。

 だが彼らはステラには気付いていない。と言う事は、分からないのだ。

(結界が張ってあるのか?)


 奴らは、俺に案内させて探させて、始末する気だ。

 ステラに気付いていなくとも結界には気付くだろう。


 その時、ステラが立ち上がって俺に目を向けたのだ。

(不味い)

 俺は剣に手をかけて走った。殺気を迸らせて、ステラから目を逸らさせる方向に走る。奴らのいる方へ。ひとり、先に剣を浴びせる。返す剣でもう一人。

「ぐはっ」

 声を上げて倒れる奴らを構う余裕はない。


「捕縛!」

 四方から一斉にロープを投げてきた。ロープが身体に巻き付いて、動きを封じようとする。

 さらに魔法で攻撃を仕掛けて来る。

「火炎!」

「かまいたち!」


「ハッ!」

 気合でロープと一緒に魔法を弾き飛ばす。魔術師に投げナイフを投げた。

「ぐっ」

「ぎゃっ」

 剣ですぐに始末をする。

 魔術師の代わりに、少し短い剣を逆手に持った者たちが攻撃を仕掛けて来る。タイミングが少し遅れたのは、ロープも魔術も俺を引き止められるだろうと踏んだからか。甘いな。

 だが俺も甘かった。バラバラと大人数が出て、森の中で囲まれた。

「ステラの居場所を教えれば逃がしてやる」

 囲みの中の一人が言う。返答の代わりにナイフを投げつけて、走って剣を振るう。

「ぎゃっ」

 声をかけた奴が頭目かと思ったが、違うのか。囲みは解けなかった。


 倒してもすぐ次が襲い掛かる。途切れることなく次々と剣が向かって来る。何人いるのか段々息が上がって来る。さすがに不味いと思う。だが、こんな所で野垂れ死にも俺らしいと、自嘲が込み上げる。




「どっか行けーーーー!!」


 唐突に叫び声がした。ステラが見つかったのか。俺は失敗したのか?

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