第8話 義兄妹ともいえない薄い繋がり(ダリル)


 爵位がどうとか、貴族がどうとか、どうでもいい事だ。だって俺には関係ない事だからな。

 俺の名前はダリル・レオニス・ブルーデネル。

 一応、俺の義理の父親アリスター・フレミントン・ギルモア公爵(書類的にも血縁的にも関係ないが)のお陰で仕事がある。収入があるという事はいい事だ。しかも彼のお陰でまともな仕事だ。



 俺の母がアリスター・フレミントンと再婚した時は、彼は伯爵だった。そして俺の母はブルーデネル侯爵令嬢(出戻り)だった。

 俺の母は、最初に結婚した相手が悪辣な奴で、持参金を取り上げられ、旦那の家族にこき使われた上、旦那に浮気されて、身ぐるみ剥がされて追い出された。

 その時、もうすでに俺が母の胎内に宿っていたという。


 母は実家のブルーデネル侯爵家に戻って俺を産んだ。離婚した旦那は子供を引き取らなくて、母は自分で育てるつもりだったらしい。

 しかし、この上昇志向の強い男アリスターとの縁談が持ち上がり、俺を連れて再婚した。母の実家のブルーデネル侯爵家はかなりな力があったらしい。母と結婚してすぐ、アリスターは侯爵に叙せられたようだ。


 俺はこの男アリスターの家で育ち教育を受けた。ブルーデネル侯爵家の祖父母は俺を引き取ろうとしたが、伯父である跡継ぎは母が追い出された婚家や夫を嫌って許さなかったからだ。

 母は俺の異夫弟を産んでから肥立ちが悪く一年も経たず亡くなった。

 それからすぐ、養父のアリスターは公爵家の一人娘を射止めたのだ。それからはこの男はギルモア公爵と呼ばれるようになった。



  ◇◇


 ギルモア公爵夫人は俺が七つか八つの時、女の子を産んだ。名前はステラ。銀の髪にアイスブルーの瞳。元々身体が弱いギルモア公爵夫人は、夫の子供たち(俺も一緒に)を伴って殆んどを領地で過ごした。

 ステラは俺達に囲まれてかなり腕白に育った。


 十五歳になって、俺は貴族学校には行かず、騎士学校に入った。身分的には一応は母親の姓であるブルーデネルを名乗ったが、何の地位もない私生児で平民に毛の生えたような存在だ。


 騎士学校を出た俺はギルモア公爵に雇われた。

「君は腕が立つようだし、二番目の子供の兄弟だから、王国騎士団に入りたければ推薦するし、私の所に来るのなら雇ってあげよう」

「俺は腕だけですので、閣下に雇っていただきたい」

 公爵の言葉に頷いた。腕を認めてくれるのならそれでよいかと思う。

「君は欲がないな」

 そんなことはない。ただ死んだ母の呪いのような言葉がある。


『目立ってはダメよ……、いつか──』


 この国で目立ってはいけないという。この身に流れる血の所為で。

 この国の貴族に黒髪の者は少ない。母の最初の夫も母も茶色の髪だった。俺には上昇志向はない。面倒な事には関わらなければいいのだ。



  ◇◇


 そんな俺に命令が下った。

「ステラを連れ戻して欲しい」

「はっ」

 公爵閣下直々の御下命に否やはない。



 公爵家に雇われて従騎士として働き、すぐ騎士になった。それからは警護や警備、遠征などで忙しくしていた俺はステラにほとんど会う事が無かった。偶に遠くから見る彼女は、以前と打って変わって愛想も何もない塑像のような令嬢になっていた。


 その姿に俺は嫌な予感を持った。いや、誰もが思っただろう。ステラには婚約者がいた。アーネスト王太子である。

 国王には前の亡くなった王妃との間に第一王子、第二王子と姫君がひとりいたが、第一王子は少年の頃に亡くなり、第二王子は病弱で、姫君は遠くの王国に嫁した。

 アーネスト殿下は第三王子で現王妃との間に生まれた。現王妃は帝国の姫君である。国王がアーネスト殿下を王太子に据えたことで、貴族の勢力図が塗り替わった。


 ステラがアーネスト殿下に蔑ろにされているという噂があった。公爵は再婚相手の産んだ令嬢メラニーをステラの身代わりに据えた。


 しかし、アーネスト殿下は婚約破棄を独断で行ったのだ。ステラは断罪され、修道院に行く事となった。ギルモア公爵領とは反対のサイアーズ境界の森の修道院である。

 そして、修道院に行く途中、ステラは魔狼の群れに襲われて死んだと聞いた。

 だが、今頃になって公爵は俺に探しに行けという。



「詳しい話はこの騎士に聞いてくれ」

 ギルモア公爵は俺にたんまりの支度金をくれて部屋を出て行く。あとに公爵の側近護衛騎士が残った。


 俺は彼を知っている。騎士学校で俺より二つ上の上級生で伯爵家の三男ウォルター・クレイヴンだ。腕も確かだが理知的で戦術戦略面でも優秀だと聞いている。


 ウォルターは地図を出して道を詳しく説明した。

「護送兵の生き残りが、国境の森サイアーズで魔狼に襲われたと報告した。ステラ様の生存は厳しいと思われたが、公爵閣下は生きていると言われる」

 護衛騎士はそう言って、俺に魔道具の伝書鳥を何枚か渡した。伝書鳥は通信の魔道具だ。普通の用紙に見えるが、報告を書き魔力を流すと鳥になって指定された相手に届く。瞬時とはいかないが鳥よりは早いと言われる。


「厳しい旅になるだろうがお前の腕は知っている。必ず見つけてお連れして帰るのだ。何か分かったらすぐに報告せよ」

 極秘なのだろう、この部屋には結界が張ってある。ギルモア公爵はこの護衛騎士一人だけを連れていた。


「これはマジックバックだ」

 ウォルターはクロスベルトの付いた小さなバッグを取り出して淡々と説明する。

「容量は馬車一台分。生物は入らない。君の魔力を流して登録し給え」


 マジックバッグは非常に高価で、めったな事では手に入らない代物だ。魔道具士、冒険者、魔術師が憧れてやまない逸品。偶に競売に出れば、旅行用鞄ぐらいの容量でも買い手が殺到するという。この俺に、こんな物を差し出すとは──。


 バッグを持ち魔力を流すとバッグが淡く輝いて登録が完了した。


「君は多分、後を尾けられるだろう。大手を振っていつものように正門から出て行け。急ぐ必要はあるが無事に森に着いて、無事に探し出し、無事に連れて帰ることに重点を置いて欲しい」

 尾けられるのか。誰に……、王家にか。ステラが王太子アーネストに婚約破棄され断罪された噂は聞いている。

 この男が三度も『無事に』と言った意味を考えて口を引き締める。俺の様子を見てウォルターは薄く笑った。


 公爵家で騎士として働いていれば分かる事だが、公爵は捜索隊を何隊か出している。しかしステラは見つからなかった。そして、捜索隊の内、幾つかは始末されていた。

 つまり俺も、捜索隊と分かれば始末される可能性があるという事だ。


「ステラ様を連れて帰ったら、この何倍かの褒賞金が出る。君への縁談もある。相手は商家だが大金持ちでいずれ叙爵される。令嬢は美人だ」

 余計な事をと思ったが黙っておく。

「何か聞きたいことはあるか」

 そう言われて少し考えたが「いいえ」と首を横に振った。

「では──」

 護衛騎士はさっさと部屋を出て行った。

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