第10話 森の小屋に来た者


 皆さまごきげんよう。森に捨てられたステラです。いや、しつこいわー。

 お気楽ステラは、実は面食いステラである事が判明しました。

(いやん、あの方麗しい。神よ、私の神──)


 そういう訳で、この小屋での暮らしに段々慣れてきた頃、カレが──、もとい神ことエルダー様が突然いらっしゃって、山羊やら羊やら雉鳥を見て驚き、厳しく咎めたのだった。

「お前たちは何をしているんだ!」

 山羊と羊と雉鳥はあっという間に逃げ散った。どうしたの、何があったの。


 息を吐いてエルダー様は聞いた。

「大丈夫かい、ステラ」

「はい、エルダー様。お知合いですの?」

「まあね。おいで」

 エルダー様が手招きする。後ろに女の子がひとり。


「この子はウサギ獣人のアンだ。君の侍女にどうかと思って連れて来た。気に入らないなら他の子を寄越すから遠慮せずに言いなさい」

 アンは不安そうな黒い瞳でウルウルと私を見る。可愛い。どうしようこんな可愛い子。私の心は不安に染まる。


「初めまして、アタシの名前はアンでーす」

「あら、いらっしゃいませ。私はステラと申します」

 明るい茶色の髪、真っ黒な瞳の可愛い女の子だ。アンは私より年下に見える。十二歳くらいじゃなかろうか。

(はっ、もしかしてエルダー様の御趣味は、こんな小さな子供?)


 もしかしてエルダー様はロリとかいうアレなのかしら。私は許容範囲に入るのかしら。どうしよう、私は枠に入らないかも。ちょっと不安になりながらエルダー様を見る。


 そこには相変わらず麗しい金の髪にエメラルドの瞳の長身の殿方が、今日は黒いローブを纏っていらっしゃって、フードや袖口に細かい金銀の刺繍が施してあって、それなのにダブルフェイスの布地は軽やかで、ふんわりと纏えるデザインが秀逸で────。

 あ、ダメ。エルダー様が何者でも受け入れてしまう。


「ちなみに、アンは二十二歳で君より年上だ。なんでも相談して頼りなさい」

 あ、ちょっと呆れた目でエルダー様が私を見ている。ひやひや。

「あの、私の侍女ですの?」

「はい、そのように言いつかっております。何でもします。見捨てないで」

 黒いつぶらな瞳をウルウルさせて縋り付くアン。いや、そんなことはしないけど、ここは狭いし、ひとりで十分暮らしていけると思うのだけど。


「人族のお貴族様のお嬢様に、アタシでは至らない所が沢山あると思うのですけど、頑張りまーす」

「そうなの」

 この子、私よりお気楽な感じだ。

「じゃあよろしくね、アン」

「はい、ありがとうございまーす」

 その様子を見守っていたエルダー様の後ろに、いつの間にか三人の男が控えている。


「こいつらは君の執事と、従僕兼庭師と、コックだな」

「「「よろしくお願いしますー」」」

 うーん、面影があるのですが……。


「…………、その、雉鳥コケちゃんが執事、羊ネムちゃんがコック、山羊リリちゃんが庭師でしょうか」

「そうだな。見守れとは言ったが獣化をしてどうするのだ、戦闘系でもないものを──、ブツブツ……」

 何と、山羊と羊と雉鳥は獣人だったのです。


「彼らにはちゃんと名前があるが、騙した罰だ。そのままの名前でいなさい」

「え、そうなの?」

「「「そ、そんなー」」」

 三人が情けない顔をする。姿勢のよい執事にコケちゃんとか、恰幅のよいコックにネムちゃんとか、庭師のお兄さんにリリちゃんとか、イヤかしら。


 執事のコケちゃんは赤のメッシュの入った髪で、執事の黒服を着た姿勢のよい人。コックのネムちゃんは体格のよい人で、白いコックコートに緑のコックタイが似合っている。グレーのシャツにエプロンと麦わら帽子の庭師のリリちゃんは顎髭を生やしたお兄さん。

 獣人はみんな顔がいいよう。面食いの私としてはばっちり合格。



 サイアーズの森を抜けると隣国に着く。隣国はノータム連邦共和国。サイアーズの森とカルデナス帝国との緩衝材的な国家だ。森には魔獣も多いが、エルフや獣人や魔族やらの村が点在しているという。

 ノータム連邦共和国は中央に獣人の国、回りに魔族やエルフ族、妖精族など強力な種族が混在する国々があって、獣人の国を中心に纏まった。国王はいなくて国の政は代表が議会で決定する。


 強大な軍事国家カルデナス帝国が、資源の豊富なサイアーズの森に目を付けて触手を伸ばそうとしている。それを阻むために生まれた国家だという。



 ヘレスコット王国にとって、ノータム国は隣国といっても間に広大なサイアーズの森があってとても遠い国だ。それに比べて、カルデナス帝国はロンヴィナ海峡を越えたすぐ向かいで、距離的には近い。

 大体サイアーズの森は王国の東側でギルモア公爵領は西側にある。幾つもある修道院の内、どうしてサイアーズの修道院にしたのか、その辺りに陰謀を感じる。



「ええと、獣人ってノータム国には多いのですよね」

 ヘレスコット王国には獣人はいない──、と思っていたけれど、これじゃ見分けが付かないわね。


 アンはウサギの獣人らしい。エルダー様はノータム連邦共和国の人なのかしら。じっとその顔を見ると、横からアンが暴露する。

「エルダー様はエルフ族でーす」

「まあ、そうなの?」


 アンに明かされた驚きの事実。いや、この美しさや、森のサ・エセルの村の不思議な雰囲気からしても気付くべきだろうか。

 神よ、あなたは何とエルフだったのですね。エルフはとても美しくて魔法に優れ長命な森に棲まう種族と聞く。


 でも私はエルフも獣人も初めてだし、見た目が人と全然変わらないし。何処がエルフでどこが獣人なのかしら。

「尻尾とか耳とかー、よっぽど驚かないと出ないでーす」

「そうなんだ」

 アンに耳とか尻尾とかあったらとても可愛いだろうな。ちょっと残念だわ。


 エルダー様はアンに暴露されても気にした様子もなく「手狭になるから少し広くしておこうか」と小屋に向かう。



 そういう訳で、小屋は彼らのお部屋やお風呂トイレ洗面所を別に作り、食堂は広くなり、リビングも応接間も出来て、玄関ホールまであったりする。外から見ると元の朽ちかけた小屋なのに、内部は大改造されたのだった。

「すごい!」

 もう惚れるしかない。


 でも、私がお星さまキラキラの瞳をしても、

「また来るよ。もうしばらく、ここで大人しくしておいで」

 お忙しいエルダー様はすぐに帰ってしまうのだ。お茶の一杯くらいしか私とは付き合って下さらない。これって完全に私の片思いよね。

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