あしたへ

 しばらくして、二人は森の外に出た。しかし、先ほどよりも空が暗くなり、足元もよく見えない。景色の輪郭りんかくは溶け合って曖昧あいまいになり、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。


「ここをけてすぐって言ってたけど、まだ着かないの?」


 シェサが不安げにたずねるが、ルティアはなにも答えない。シェサはもどかしそうに足の運びを速めた。しかし、歩けども歩けども町にたどり着けない。


 そして、空が赤くまりはじめた頃、シェサは何かにつまずいて倒れ込んだ。シェサは上半身を起こし、なにに躓いたのだろうと足元を見る。すると、朝焼けに照らされて、黒焦くろこげの人間が転がっているのが見えた。


 シェアは驚いて、声にならない声をもらし、しりもちをつく。それから、死体から目をそらすように顔を上げる。すると、視界の先には瓦礫がれきの町が広がっていた。


「まさか……これがスールの町?」


 崩れかかった石の壁。燃えきた家のあと。そして、それらを照らし出す真紅の空。


「なんだか、この世の終わりを見ている気分ね」


 ルティアはそうつぶやくと、静かにうたい始めた。しかし、今回は竪琴たてごと伴奏ばんそうはつけずに……。


  センソウという名の怪物かいぶつ

  全てを食べ尽くした

  火を吐き 人を殺し

  全てを食べ尽くした


  後に残ったものといえば

  くずれかかった悲しみと

  真っ黒にげた思い出だけ


 歌が終わると、しばらくの沈黙ちんもくの後、シェサが口を開く。


「よくこんな状況じょうきょうで歌なんてうたってられるね」


 シェサは言葉に怒りをにじませる。ルティアはそれを聞いて表情をくもらせた。


「あんたは人間だもの。あたしの気持ちなんてわかんないのよ」


 ルティアはそれだけ言うと、シェサの横に腰を下ろす。


「落ち込む事なんてないわよ。まだ、あんたの家族が死んだって決まった訳じゃないんだから」


「家族がどうとか、そんな事、誰も言ってないよ」


「でも、心配でしょ?」


「別に……」


「いじっぱり……」


 ルティアはぼんやりと辺りを見回していたが、町の横に広がる大きな湖を見つけて目を止める。先程まで沿うように歩いていたあの川は、この湖にそそいでいたのだ。


「悲しみのふち。本当にあったんだ」


 それだけ言うと、懐かしいメロディにのせて、懐しい歌をうたい始める。


  涙でった小さな川の

  きつく先は悲しみの淵……


 ルティアはそこでうたうのをやめた。シェサは非難するようにルティアを見る。


「前にうたってって言った時、忘れたって言ってなかったっけ?」


「そうだったかしら? そんな事、覚えてないわ」


 ルティアはそう言ってから、突然、話をそらす。


「ねえ。これからどうするつもり?」


「この湖を渡ってとなりの国へ行く。そのつもりで、ここを待ち合わせ場所に選んだから」


 しかし、辺りを見回しても、町には瓦礫がれきと死体があるだけで、肝心の船が見当たらない。シェサが、どうしていいか分からず茫然ぼうぜんとしていると、ルティアが気づかうような声で話しかける。


「どうしたの?」


 尋ねられて、シェサは困った顔でルティアを見る。


「船がないんだ」


「なんだ、そんな事?」


 ルティアはそう言って、得意げに胸をそらした。


「あたしを誰だと思ってるの? 妖精ようせいよ? 船なんかなくたって連れて行ってあげるわ」


「出来るの?」


 シェサは半信半疑はんしんはんぎでルティアの方を見る。ルティアは明るい声を出して手を差し出す。


「行こう! 湖の向こうの国へ」


 シェサは戸惑とまどいながらもルティアの手を取る。


「この上を歩いて行くからね。私の手をしっかり握っていて」


 ルティアがシェサの手を引いて湖に移動すると、二人の足が水面すいめんに浮かんだ。


「浮いてる!」


 シェサはそう言って、嬉しそうにルティアを見る。


「さあ、行くよ」


 そして、二人は湖の上を歩いていく。


 また、新しいあしたへと向かって。

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あしたへ 汐なぎ(うしおなぎ) @ushionagi

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