夜明け前

 さらさらと霧雨きりさめが降り始め、二人の衣服は少しずつ湿しめり気をびてくる。ルティアは空を見上げてから、不機嫌ふきげんそうな顔でシェサを横目に見た。


「ほら、ごらんなさいよ。あんたが泣いてたから、空も泣き出してしまったじゃない」


 その言葉に、シェサは夜空を見上げる。しかし、シェサの目には、霧雨が降っているだけの平凡へいぼんな空にしか見えない。


「言いがかり……」


 シェサは小さな声で言うと、ルティアの方など見向きもしないで、ただ前へと足を進める。


「あんたは人間だもの。だから、空の気持ちなんて分かんないのよ」


 ルティアはつまらなさそうに言って、竪琴たてごとげんを一本だけ指先でつまんではじく。


 ぽおぉぉぉ……


 低音の柔らかいおと余韻よいんをひいて、辺りに広がっていく。


 ぽおぉぉぉ……


 前の響いている音にかぶせて、一つ高い音を鳴らす。


随分ずいぶんひまな事やってるんだね」


 シェサはルティアの方を振り向いて言った。ルティアはそれに少しすねたように答える。


「だって、あんたが相手をしてくれなかったせいじゃない」


 ルティアは、弦にそっと触れて音を止めて、また口を開く。


「でもいいわ。シェサの方から話しかけてくれたから特別に教えてあげる。あと少しでこの森、抜けられるんだって」


「ホント?」


「うん。この辺りの風が教えてくれたの」


 ルティアは得意げに答える。


「じゃあ、もうすぐスールの町に着くんだ! この森を抜けたところにあるって、母さんが言ってたもの」


 シェサは声をはずませて言う。ルティはそれを聞いて、ハッとして目をそらす。


「シェサってスールの町に行くつもりだったね……」


 ルティアはそれだけ言って、また竪琴をかき鳴らし始めた。シェサはなにか悪い予感がして、表情を曇らせる。


「スールの町がどうかしたの? なにか知ってるの?」


 シェサが真剣しんけんな顔つきでたずねると、ルティアは慌てて目をそらした。


「着いたら分かるわ」


 ルティアはそう言うと黙り込んでしまう。そして、また竪琴をかき鳴らし始める。さらさらと降りしきる霧雨の音に合わせて……。

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