不穏な空気と態度
◆◆◆
三日後。
グラッドは早々にウレイラに連れられて、サンゴの街を出発していた。
本来の予定より数日間遅れて出ていくことになったわけだが、特段何か起こるわけでもなく平穏な日々――そのはずだった。しかし、なんだかんだで一週間以上も同じ場所で過ごしていれば多少の違いも分かるようになる。
サンゴの街は良い街だった。
最初こそグラッドを少々警戒してはいたようだが、敬愛するアルサーの客人扱いとなってからは誰もが友好的に接してくれた。人種どころか種族すら違う人間の男を、親しき隣人として扱い、毎日のように話を聞いたり聞かされたり、一緒に狩りに出たりしてくれたのだ。
一口にまとめてしまえば、マーメイド達とは随分打ち解けていた。いずれまた近くに来たときは訪れたい。まだ漂流していたのを助けられた上に街で世話になった恩は返し切れていないのだから。これがグラッドの本心だった。
見送りもしっかりしてもらえた。アレはまるで大事な家族の一人が旅立つ時のような、明るい盛大な見送りだった。中には気持ちが高ぶって泣いている人までいたように見えた。
――その光景が、逆にグラッドの心に引っ掛かった。
実はこの数日の間、マーメイド達はとても忙しそうに動き回っていたのである。
いつもであればグラッドにべったりしようとするウレイラは、朝から晩までアルサーの下へ通い、何かしら教えを受けていた。
ウレイラの父・ガハボラは若い衆や同僚を連れて何かしらの備えをしていた。グラッドが手伝えるかと声をかけても「それには及ばねえ」と断られた。他にはサンゴの街全体で家々の補修や補強をしていたりも……ソコについては嵐に備えているという理由で納得できなくもない。
「……考えすぎなのか」
わずかではあるが、グラッドは疎外感を感じていた。
旅人にだけバレないように、マーメイド達が一致団結しているように見えたのだ。ナニカを隠している、と言い換えてもいいかもしれない。
「なあ」
「…………」
地上への水先案内人として、グラッドを引っ張って泳ぐウレイラに声をかけても返事はなかった。彼女は街を出てからずっと、自分の責務を果たすために一生懸命に見える。その後ろ姿には真面目さこそあれど、彼女らしい天真爛漫さや王子様に夢見る少女の面影はない。
「ウレイラ。ちょっと聞きたいんだが」
「……なーに、プリンス。呼吸いらずの秘術なら気にしなくて大丈夫よ。ちゃーんとマジョ様に仕込まれたから、この前みたいにいきなり消えたりしないわ」
名前を呼ばれて振り向いたウレイラの態度は、ある意味いつもどおりではあった。しかし、言葉の端々はどこか固いといえる。少なくともグラッドにはそう感じられた。
「アルサーや街の皆の態度がさ、どこかおかしく感じられなかったか?」
「ええー、そんなこと無いでしょ。みんなが王子様とのお別れを惜しんでたじゃない」
あえてウレイラ本人の件は言及しなかったグラッドの問いに対して、彼女はにこにこ顔を向けてくる。
「あーあ、私ももっと一緒にいたかったな。そしたらプリンスもあたしの魅力に惚れ込んじゃっただろうにさー」
「悪いな」
「ちょっと謝らないでってば。なんか私がフラれたみたいになっちゃうじゃん」
ウレイラの表情が明るさを増す。
同時に、ぎこちなさも大きくなった。どこか無理をしているように。
今これ以上尋ねても、ウレイラの態度は変わらない。そう思ったグラッドが更に追及していくか考え始めると、今度は彼女のほうから話しかけてきた。
「……今日の海は静かだね」
周囲を見渡せばまさにその通りだった。
グラッド達が現在いる場所は、初めてグラッドが海中遊泳を楽しんだ深さでもある。以前であればイルカが戯れていたり、色とりどりの生物がいたはずだ。
だというのに、今は耳が痛いほどにシンと静まり返っている。濃紺の海は闇を孕んでいるようで、不気味さすら漂っていた。
「これも嵐の影響なのか」
そう口にした直後、強い流れを浴びてグラッドの体が流されかけた。ウレイラが力強く先導してくれるので問題はないが、偶にひやっともする。アルサーはこの移動に関して安全に行けると口にしていたが、海暮らしの感覚で大丈夫なだけで地上の人間としては中々にスリリングだ。
体感としては、風と雨の強い日に大きな川で泳いでいるのに近い。
「ごめんね。ちょっと急ぐから、集中させて」
ウレイラが何やら唱えると、グラッドの体を覆っている泡の膜が青く輝いて強靭さを増す。少女は自身の体にも同様の膜を生み出してから、魔力の水流を作ってその流れに体の動きを同調させた。
グングン加速していく。
その速さに振りほどかれないよう、グラッドは少女の腕を強く握る。
それから地上に着くまでの間、二人の間に会話らしい会話はなかった――。
◆◆◆
海上に出てからは、すぐに近くの陸地へ上陸。
海は半分予想通りに荒れ気味で、天気も良くはない。久々の地上の空気を味わうのもそこそこに、グラッドはマーメイド達と交流がある漁村へと歩いて行く。その隣にはウレイラの姿もあった。
「村の位置は教えてもらってるから、もう大丈夫だぞ?」
「そんな冷たいこと言わないでよぉ。せっかく少しでも長く愛しい王子様と一緒にいれるよう別れを惜しんでるのに」
「……本当にそう思ってるなら、踏ん切りが着くまで待つが」
「いいっていいって、冗談みたいなもんだからさ♪ 本当は漁村の人達にマジョ様からの言伝があるのよ。だから村までは一緒に行くのが当然ってわけ」
そう言われてしまえば返す言葉はない。
グラッドはウレイラを伴って、一路漁村へと進んでいく。
漁村自体は上陸地点からそこまで遠いわけではなかったため、数時間もかからずに到着できた。ウレイラが一緒にいてくれたおかげで村の人間達はすぐに事情を理解して、グラッドを迎えてくれる。
あとは可能であれば大陸に行くための手段をなるべく早く得る必要があった。グラッドとしては小舟の一艘でも借りれれば良しと考えていたのだが――。
「あ、グラッド! さっき船乗りさん達に聞いてみたんだけど、港町まで乗せていってくれるってさ」
「そりゃありがたいな」
「でも、今すぐには無理だから数日待ってて欲しいって。その日が来るまでゆっくりしてけーってさ」
「ああ、わかった。……ウレイラはこれから帰るのか?」
「ううん、あたしはもう少し滞在するよ。ちょーっとマジョ様のお使いがあってさぁ、このあと村長さん達とお話し合いだね」
軽くそう言い残して、ウレイラは村長さんらと共にどこかへと行ってしまった。
グラッドは用意してもらった部屋で寝泊まりすることになり、お礼と宿代として幾らかの路銀を渡しながら、今夜のことを考えていた。
「夜になったら話も終わるだろうから、そのタイミングでウレイラのとこに行ってみるとするか」
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