騒ぎの後に

 ◆◆◆


「――ダハハハッッ!! それでグラッドのあんちゃがよぉ、こう言ったんだ! “あんな奴らは雑魚も同然、この槍の一突きで全滅させてやるよ”ってなぁ! いやー、世の中にはとんでもねえ槍使いがいるってのを目の当たりにしたぜ!」


 賑やかな酒場のど真ん中。

 ウレイラの父・ガハボラがすごいテンションで大笑いしながら酒を煽る。店の中は狩りから戻ってきたマーメイド達が集まって仕事上がりの宴会状態だった。

 カウンター席の片隅にはグラッドの姿もあったが、ガハボラの話が始まってからずっと苦笑が止まらない。


「……盛りすぎなんだよなぁ」


 余程今日の出来事が嬉しかったのか、はたまた酒の席の勢いか。ガハボラは一口目からずーっとそんな調子でいた。本人からすれば狩りは大量、ブレイドフィッシャーの群れに遭遇するトラブルもあったが被害はほぼゼロという結果が非常に満足の行く結果だったのもあるのだろう。


 とはいえ話題の中心として取り上げられたグラッドとしては、褒められすぎて少々照れくさい面もある。故に少しだけ離れたところに陣取っているのだが、目ざといマーメイド達が代わる代わる乾杯を求めてくるのでその対応でゆっくりしてるとは言い難かった。


「はいはい、ちょっとどいてね~。アッ!? ちょっとパパ! お酒は飲み過ぎないようにってママから言われてるのにぃ!!」

「がははは、よぅウレイラ! こんな良き日に硬いこと言うんじゃねえぞぉ!!」


「うるさい酔っ払い! 後でママに言いつけておくからね」

「そ、それはちょっと……」

「ふんだ。そんなことよりグラッドはどこ? ココにいるって聞いたんだけど」


 きょろきょろと店内を見まわすウレイラに気付いて、グラッドが手を上げる。すると「あ、いたいた♪」と嬉しそうな彼女が歩み寄る邪魔にならないよう周囲に居た男達が割れ、道が生まれた。


「大活躍だったみたいね」

「喜んでもらえたなら何よりだな」

「ふふふっ、もっと皆みたいに騒いでるかと思ってたのに……主役がこんな端っこにいていいのかしら」

「今はお前の親父さんが主役だよ。おかげで有る事無い事吹聴されてそこそこ困ってるところだ」


 何ら困っていないグラッドのおどけた冗談に、ウレイラが「やれやれ」と息を吐いた。


「そんな困ってる王子様にお呼び出しよ。マジョ様が話があるから家まで来いってさ」

「アルサーが? 分かった、すぐに行く」


 伝言を受け取ったグラッドはすぐにアルサーの家へと向かった。

 半ば常連になりつつある酒場を出る前にガハボラや仲間達から煽られたり寂しがられたりしたが、話が終わったらすぐに戻るつもりで適当にいなしておく。


「道すがらでいいから、あたしにも今日の話を聞かせて欲しいな~」


 そんな軽いおねだりに応えつつ移動することしばし。

 立派な貝殻で出来たアルサーの家に到着すると、中から聞きなれた老婆の声が響いてきた。


「鍵は開いてるから中まできておくれ」

「じゃあ、あたしはココで――」

「待ちな。ウレイラ、あんたも一緒の方が都合がいい」


 来た道を戻ろうとしたウレイラが呼び止められ、「へ?」と不思議そうに振り向く。この呼び止めは、グラッドにとっては意外だった。


 アルサーの家にお邪魔する際、ウレイラが一緒に中へ通されたことは一度もない。初めて訪れた時もそうだったが、アルサーがグラッドと話をする時は仮初の老婆の姿ではなく、元の若い女性の姿に戻っている。


 話を聞いた限りでは、あの元の姿を知っているマーメイドは極少数。直接の教え子であるウレイラが知っているかどうかも怪しいところだ。

 いつぞやグラッドが「別に老婆の姿じゃなくてもいいんじゃないか?」と尋ねてみた時があったのだが、その時の回答はこうだった。


『海のマジョなんて肩書きで長年やっているせいもありますが、この姿の方が都合が良いでしょう? 永遠に若いままでいる人に対して怪しむのは当然ですし』


 元の姿に戻ったアルサーが発したその言葉には、大きな重みがあった。

 その重みはグラッドも多少なりとも共有できるものであり、それ以上は軽い気持ちで話せるものでは無い。


 不老不死とおぼしき人が、いつまでも変わらずに一つ所に留まり続ける。

 時としてソレは嫌な事件を引き起こすキッカケになりかねないのだから。


 しかし、今回はウレイラも一緒に話しがしたいとマジョのお達しである。だったら不老不死関係ではなく、別の話題かとグラッドは考えていた。


「失礼しまーす♪」


 先に屋内に入ったウレイラに続いてグラッドも入室する。

 リビングでは、老婆の姿をしたアルサーがやや真剣な面持ちで待っていた。


「悪いね、呼び出して」

「別に構わないけど、何かあったか?」


 立ったまま先を促すと、アルサーが口に加えたパイプ煙草のようなものからぷかりと泡のリングが浮かんでゆく。


「今日、あんたが手伝ってくれた狩りでブレイドフィッシャーに追われてた奴らがいただろう」

「あーー、そういえばあの人らはどうしてるんだ? あの魚群から逃げてる際に多少ケガをしてたから治療するって話だけは聞いたが」


「命に別状はないよ。ちょーっとあちこち切り傷が出来ちまってるけどね、それも少し休んでりゃ跡形もなくなるさ」

「そりゃ何よりだ」

「…………そうさね」


 明るい話題のはずなのに、アルサーの表情はどこか暗い。

 その様子に気付いたグラッドは声をかけようとしたが、その前にアルサーの方が話を続けてしまう。


「そんな事より、話しっていうのはアンタをこの街に留めちまってる嵐の件さ」

「何か続報でも?」


「嵐はあと二日三日すればこの辺の海域を抜けるのが分かったよ。少しばかり余波は残るかもしれないが、あんたぐらい頑丈なヤツなら問題なく陸に上がれるさ」

「お!」


「え~~~、王子様もう行っちゃうのぉ? つまんなーい、あーああたしもついて行こっかなー」

「いや、それはさすがに――――」


「相変わらずうるさいねぇ、この子は。でも、ま……そういうだろうと思ってたからね。陸までの案内人はウレイラ、あんたがやりな」

「え、ほんとにぃ!!?」

「もちろん、グラッドが良いっていうならの話だけどね」


「……い、良いよね王子様? まさかココで冷たくあたしを突き放すなんて体目当てな下種の極みのような真似はしないよね???」

「人聞きの悪い言い方を止めてくれたらな!?」


 当然だが、そんな下種のような行ないをした覚えはグラッドには微塵もない。

 うるうると瞳に涙をにじませたウレイラの追及も、半分嘘泣きだ。


「よし、それじゃあしっかりやんな」

「ありがとうマジョ様!」


「……グラッド。そんな訳なんで、この子と一緒に行ってやっておくれ」

「おうさ」

「それじゃあ二日~三日後に出発するつもりで準備を進めておくように。あたしはちぃと仕事で忙しくなるんで、細かいことは後でウレイラに伝えとく。なんかあったらコイツに聞いておくれ」

「…………ああ」


 どことなく、上手くは言えないが。

 グラッドは奇妙な違和感のようなものを感じていた。


 この部屋に入った時から、アルサーが自分と目を合わさないようにしている気がしたのだ。ただ見間違いの可能性もある。

 グラッドだけがさっさとアルサーに家から追い出されてしまい、ウレイラだけが残ったのも特に何の意味もないかもしれない。そう思いつつも、少しばかりの嫌な予感のようなものが心にへばりついている。


「…………二日三日以降に、何かあるっていうのか?」


 その疑問に対する答えは、どこからも返ってこなかった。


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