前触れ―モンスター魚群

「お頭―! 向こうから何か来ます!!」

「せめて隊長と呼べ隊長と! で、何が来たってぇ!!」


 仲間が示した方向へガハボラが目をこらす。

 同時に反応したグラッドも同じように北東に目を向けると、こちらに向かって急ぐ数人のマーメイドと巨大な魚のシルエットが見えた。


「でかい魚だな、何メートルあるんだアレ」

「でけえってもんじゃねえぞグラッド! ありゃあブレイドフィッシャーの群れだ!!」

「……群れ?」


 巨大な魚一匹にしか見えなかったシルエットの正体が徐々に露わになっていく。ガハボラが言ったとおりだった。

 巨大魚に見えたソレは、先端に斧に似た刃を備えた魚の群れだ。一口に魚といっても一匹一匹は最低でも人間の子供程度はある。それが数十匹以上集まって生まれた魚群がすごい速さで近づいてきていた。


「まじぃ! このままじゃ追いかけられてる奴らがヤられちまう。てめえらぁ! ありったけの攻撃をぶちこんで援護すんぞぉ!!」


 オオオッッッ!!!!!


 力強い掛け声と共にマーメイド達が一斉にブレイドフィッシャーに向けて攻撃を繰り出す。ある物は接近して槍で突き、ある者は“海魔の投槍”を発射する。その一斉攻撃はそれなりの効果を発揮して、一直線に泳いで来る魚群の勢いを止めた。

 しかし、相手は一度方向転換してから再び助走をつけて突撃しようとする。

 

「追われてた怪我人は安全な場所へ! 元気のありあまってる奴らは後退しながら迎撃すんぞぉ!!」

「ガハボラ、俺も手伝うぞ」


「ありがてえ!」

「何かいい手があるなら教えてくれるか」


「ブレイドフィッシャーは群れで狩りを行なうひとつの部隊みてえなもんだ! あん中には司令塔になってるボスがいて、そいつを仕留められりゃあ話がはええ!!」

「ボスと雑魚の違いは?」


 槍を構えながらグラッドが確認する。


「一際小さくて全身が黒い目ん玉のトコ――」

「十分だ!」

 

 後退していくマーメイド達とは逆に、グラッドが飛び出していく。

 すなわちブレイドフィッシャーの方へ。


「おい!?」


 怒声と悲鳴が混じったようなガハボラの声が後方からしたが、グラッドは構わずに前進を続けた。地上であれば大地を大きく踏みしめながら突き進むところだが、あいにく水中では走れない。

 勢いは大分劣るところはあるが、水中でも動けるようになる秘術のサポートもあってグングン前へ前へと進んで行き――。


「アレか」


 ブレイドフィッシャーの群れと衝突する寸前に、魚群の頭部にある目玉に相当する位置に小さなボスを発見。勢いそのまま曲刀に似た鼻を向けてくる群れと衝突しながらも、まったく弾かれることなく力強く愛用の槍を突き出す。


「せやあああ!!」


 《一撃》……ではなかった。


 弱点となる個体を突くのに十分な隙間を得るため、二撃、三撃と連続で突き、その一突きごとにブレイドフィッシャー数匹が刺し貫かれてゆく。彼の魚達が持つ刃と衝突しても穂先の軌道は変わらない。

 相手を刺し貫くのに必要な貫通力を失うことのない、真っすぐな攻撃だった。

 

 敵の司令塔となるボス個体は本能的に怯んだはずだ。可能であれば率いた群れに紛れて逃げようとしたに違いない。


 だが、既に遅い。

 水中では負けるはずのない人間を相手にしたはずなのに、一瞬の間に繰り出された十数回の攻撃と大きな薙ぎ払いによって仲間の盾は剥がされ、逃げ場は失われた。


「ハッ!!!」 


 大きな一個体と化していた魚群に全く怯むことのない、驚異的な胆力と集中力で繰り出したトドメの一撃が、正確無比に小さな司令塔だけを仕留める。


 直後、ボスを失った魚群がパアン! と破裂したように四散して、しどろもどろになりながら逃走。その内の何匹かを、グラッドはついでに仕留めながら――唖然としているガハボラ達へと振り返った。



「硬そうな魚だけど、これも食べるのか?」



 まるで日常的な狩りを終えて仲間に確認している。

 そんな特別なことを何もしていないと言わんばかりの呑気な旅人に対して、誰かが尊敬の眼差しで呟いた。


「すげぇ……」


 本来なら誰かが大怪我を負ってもおかしくない状況だったはず。

 なのに、怪我人は元々追われていた数人のマーメイドだけしかいない。事実上の無傷で、事なきを得たのだった。


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