旅人が語る、地上の思い出


 アルサーとの対談を終えた不老不死の騎士は、少しだけサンゴの街に滞在することになった。海中で暮らすマーメイド達からこそ得られる情報があるかもしれない期待もあるが、何より地上の話を聞かせて欲しいと頼まれたためだ。


 元々ウレイラによって助けられた身でもある。

 その恩を返せるのならばと考えるのも当然だった。


 マーメイド達の海のマジョに対する信頼度は高く、彼女が魔法を用いて街中に地上から来た男が自分の客人であると伝えただけで奇異の目は消えた。

 老若男女の様々なマーメイド達が友好的に接してくる中で、グラッドはアルサーの権威を知ることになるのだが。


「ちょ!? あんなケンカ腰だったマジョ様をどうやってなだめたの?」


 ウレイラの態度は、あまり変化が無かった。


「人を凶暴な獣みたいに言うんじゃないよ!」


 驚きのあまりとても失礼な言動を繰り出したウレイラがアルサーに小突かれる。

 どうやら毎度の光景のようで、道歩く住人達は皆おかしそうにしてるだけで咎める事もない。


 街に住むマーメイドの中でも一際外の世界にあこがれを持つ少女と思っていた相手は、アルサーと比較的気軽に接することが出来る可愛い弟子。そう知らされた時のグラッドはあからさまに「え!?」と予想外の事実に驚いてしまい、ウレイラのほっぺをハリセンボンのように膨らませてしまった。


 その後。

 住人達に対する顔見せや挨拶回りが終わると、グラッドが連れて行かれたのは街中でも一番大きな酒場のひとつだった。

 そこで珍しい来訪者が語るであろう地上の話を待ち構えるマーメイド達の様子は、さながら舞台に上がった旅芸人一座の見世物をいまかいまかと待ち構える期待と熱気で満ちていたといってよい。


「少し……いや、大分人が多すぎないか?」

「なんだい今更。ビビッてんのかい?」


 少し前まで若い姿で丁寧に話していたくせに、老婆に戻ったアルサーは容赦なく煽ってくる。本当に同一人物なのかと疑いたくなる程度には、そのキャラで馴染んでいるようだ。


「まあいいけどな。さて、そしたらどんな話からしていこうか。生憎吟遊詩人じゃないんでな、魅力あふれる芸を期待されても困るんだけど」


 本職の人間であれば、時と場合や場所によってどんな物語を語るべきかは知っているだろう。たとえばグラッドが子供の時に聞かされて盛り上がったのは、少年が憧れる英雄を主役とした英雄譚だった。

 囚われの姫を救うためにドラゴンに立ち向かう勇者は、何よりもカッコいい存在に感じたものである。


「はいはーい! ここはやっぱり地上であった楽しい話が聞きたいでーす♪」


 自己主張たっぷりに手を挙げたウレイラの声が響く。

 彼女の希望に文句があるものはいないようで、多くの人が頷いたり手をパチパチと叩いている。


「……そうだな。コレはオレや仲間達が見聞きした話なんだが――」


 リクエストに応えて、グラッドは語り始める。


 煌めく水晶の洞窟の中にだけ生息する七色水晶の蝶。

 渇いた砂漠の地下に眠る古代人の遺跡。

 空まで貫く大きさと例えられた巨大な古木に成る知恵の実など。


 ソレは彼にとって最も大切だった人達と共有した思い出話。


 いざ話が始まると、マーメイド達は大いに盛り上がり、客人の口から語られた話の数々を酒の肴にし始める。ギャラリーの中には当然のようにアルサー達も混ざって耳を傾けている。


 中にはお転婆なお姫様と面倒を見る羽目になったお付きの騎士が繰り広げ、最終的に上役からこっぴどく怒られるハメになる話もあった。

 グラッドは期待されても困ると口にしてはいたものの、旅人が旅先で逸話を求められるのはよくあることであり、何度も繰り返している内に不老不死となった騎士はそれなりの話し上手になっている。


 何より――――普通の人間よりも遥かに長い年月を生きてきた青年には、普通の人間よりも遥かに多くの経験からくる魅力があった。

 

 ゆえに。

 話を聞く者達は退屈を感じるどころか、これ以上ない娯楽として最後まで楽しんでいたようである。


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