不老長寿のセンニン②

 日が、沈み始めた頃。


 色々あったが、こうして小屋の囲炉裏を囲んでいるのだから話を聞く気にはなったらしい。


「……遠路はるばるよくお越しになられたの旅人よ」

「がらっと雰囲気変えても誤魔化されないぞ?」

「ふぉふぉふぉ、さっきのは演技じゃよ演技」


 百パー嘘なのだが、ここはそういうことにしておこう。

 相手がその気ならこっちも合わせるまでだ。



「私の名はグラッドレイ。不老長寿のセンニン様にお話を伺う為、この地に参りました」

「お堅い言い回しは好かぬ。気にせずおぬしらしく話せ、儂もそうしよう」

「じゃ、お言葉に甘えるよ。オレのことはグラッドって呼んでくれ。でだ、あんたにいくつか訊きたい事がある」


 何から尋ねるべきかは決まっている。

 まずは、ハッキリさせなくてはならない。


「あんたが不老長寿のセンニンなのか?」


 パチリと炭が弾ける。

 オレは緊張しながらセンニンの返答を待った。


「おぬしの言う不老長寿とは、永遠に老いず長く生きる者であろう。ならば、儂は期待に沿えぬ」

「違うのか?」

「見てのとおり、儂は十分すぎるほどに老いておる。長生きという点では間違っておらんがな。不老長寿のセンニンとは、儂の存在が噂に尾ひれをつけて広まったものじゃな」


 センニンが「ふぉふぉふぉ」と愉快そうに笑った。


「名乗り遅れたが、儂の名はフースー。残りの余生をこの山で過ごしておるしがないセンニンじゃ」

「不老長寿じゃなくともセンニンではあるんだな」


「センニンとは本来神に近い存在を指す言葉じゃが、儂の故郷では山で修行している者もそう呼ばれておってな。その辺のヤツより長生きで知識豊富だったり、技を修めてたりする者。要するにそのような者たちに対するカッコいい呼び方なんじゃよ」


「そんなの初めて聞いた」


「遥か遠い儂の故郷の話じゃからな。まあそんなに呆れるでない。本当だからしょうがないのじゃ」


 フースーは冗談半分といった感じだが、ただのとぼけたじいさんではないだろう。

 先程、オレを襲う直前までフースーはまったく気配を感じさせなかった。最初に茂みから聞こえた音の正体は、おそらくフースーが投げた石か木の枝だろう。

 自分は樹上で待ち構えつつ、オレを攻撃可能な位置におびき寄せ、一発お見舞いしようとしたわけだ。


 そんな芸当は普通の人間にはできないし、そもそもやろうとしない。


「おぬしが来てから、山がざわついてな。どんなヤツか確かめたかったのじゃ」

「オレは山に警戒される程、厄介者ってわけか」

「一概に悪いモノというわけではない。不思議なことに、山も何者かを測りかねているようじゃった。受け入れるか、逃げるべきか。一番近いのは困惑と興味かのぉ」


「良くも悪くもな見方だな。それで、結局どう判断されたんだ?」


「うーむ……難しいところじゃな。その答えを得るには、おぬしに問うのがてっとりばやいが」

「それで納得してもらえるなら、いくらでも」

「ならば、問おう」


 真っ白な太眉としわしわの瞼に隠れた瞳に、真剣さ色濃く宿る。

 返答次第では、オレはもうまともに話を聞いてもらえなくなるだろう。

 それを感じとれる妙な迫力があった。


「――おぬしは、本当に人間か?」


 いつの間にかミーニャも手を止めて、オレの方を見つめていた。


 それは核心をついた問いかけだった。

 そんな風に訊かれるのも、いつ以来だろう。

 この時点で、この人に会いに来てよかったとも思える。


「――オレは人間だ――。少なくとも自分ではそう思っているし、そうありたいと願っているよ」


 ただ、それでも……。


「普通の、ではない。オレがココに来た理由もそれなんだ」


 ある日を境に、オレは普通の人間ではなくなった。

 人によってソレは祝福であり、呪いと呼ぶもので。オレ自身にとっては間違いなく後者だ。


 口で説明するよりも見てもらった方が早い。


 手持ちのナイフで、オレはみずからの腕をスッと切ってみせる。


 深くはないが、赤黒い血が腕を伝っていった。


 その傷口を手で覆い、十秒ほど経ってから離す。



 ――そこにもう傷はない――



 ナイフで切ったことが嘘であるかのように、傷そのものが跡形もなく消え失せている。



「……おぉ……グラッド、おぬしは……」


「フースー。知っていたら教えてくれ」

 

 今度こそ手がかりを得るために。


「不老不死の呪いをかけられた人間が、元に戻る方法を」 






「ミーニャ。すまんが飯を用意してくれんか? たくさん作ってくれてよいぞ。きっと今夜は長くなる」

「は、はい、おじいちゃん」


 囲炉裏に木の枝をくべたり、鍋を用意したりとミーニャが飯を作り始める。その様子と囲炉裏の火を眺めながらオレ達の話は続いた。


「聞かせてほしいのぅ。一体何があったのかを」


「……オレは、とある王国の戦士だった。腕に自信はあったし、仲間にも恵まれた。時折現れる悪党や怪物を倒して王国を守る日々は、悪くなかったよ」


 いつも共に戦う友がいた。

 気の良い団長がいた。可愛げのない後輩もいた。


 心の底から守りたいと思える人だって……。


 ずっと、こんな日々が続くのだと疑わなかった。


 ――だが。


「ある日、封じられていた化物が目覚めた。知識のあるヤツが魔神って呼んだソイツは次々に手下を増やして、人々を蹂躙した」


「すぐにオレたちは立ち向かったさ。でも、倒しても倒しても、何回も何十回と戦って年をまたいでも、奴らの侵攻は終わらなかった。人々にとっての地獄は、それだけ長く続いた」


 いくつもの森と村が焼き払われた。

 川や泉は毒の水へと変わった。

 大地がゆっくりと腐っていった。

 

「土地や物が欲しかったんじゃない。人間を――生ける者すべてを滅ぼす事、そのものを楽しむ悪魔の所業さ」

 

「じゃが、おぬしはこうして儂の目の前におる。つまり、その災厄を乗り越えたわけじゃな」

「……ギリギリ、な」


「不老不死はその時からか?」

「ああ。それまではこんな体じゃなかったよ」


「グラッドさん。その若さで、大変なことに巻き込まれたのね」


 話に入ってきたミーニャの言葉に押し黙る。


「だって、グラッドさんの齢って私と5つも違わないでしょう。今の今まで聞いた事もない話だし、とても遠い国で起きた出来事だろうから。ならあなたは当時いくつだったのか――」


「ミーニャ」


 フースーが、ミーニャの言葉を遮った。

 きっと彼は既にわかっているのだ。そこから先は安易に踏み入ってはならない領域なのだと。


「お前は彼のどこから年齢を判断したのじゃ?」

「どこって、そりゃあ見かけにきまってるじゃない」


 他にある? そんな当然の反応をしてくれるミーニャはいろんな意味で年相応に若い。


 少しだけソレがうらやましい。


「そのとおりなんじゃがな。ちなみに儂はもうすぐ百歳といったところじゃ。大分若作りじゃろ?」


「ハハッ! オレはもう少し上に見えてたよ」


 茶目っ気のある冗談を交ぜてくれたフースーの心遣いで、気持ちが軽くなる。これなら話を途切れさせることもないだろう。


「……グラッドの話じゃが、どこぞの街で近しいものを耳にしたことがある」


 それはとても古いおとぎ話。

 突如として平和な国を襲った魔神の名はエフォルトス。

 エフォルトスは手勢の魔物を増やしてすべてを滅ぼそうとしたが、神の力を得た英雄たちが見事魔神を打ち倒し、世界は救われた。

 

 

「物語に登場する国の名前はマール王国。遥か昔に実在した国じゃと吟遊詩人は謡っておった」

「ああ、いい国だったよ」


 どんな国だったかを問われれば、オレはこの世界の誰よりも当時の王国について語ることができるに違いない。


「さてグラッドよ。……おぬしは今いくつになる?」

「少なくともミーニャの5倍以上は生きてるかな」


 百を超えた辺りで数えるのはやめてしまった。

 無闇やたらと悲しくなりがちだから。


「ふぅー…………そういうわけじゃよミーニャ。儂もこの年になって自分より年上に出会うとは思ってもみんかったわい」


「…………信じられないわ。グラッドさん、実はすごいおじいちゃんなの?」


「おじいちゃんって呼ばれるのは抵抗があるな。でも、そこのじいさんより大分若作りだろ?」


「ふぉっふぉっふぉっ。さすがにおぬしには勝てぬわ」


 ぐつぐつと煮えた鍋から空腹を刺激するいい匂いが漂ってきた。

 食べ頃になったようだ。


 ミーニャがよそってくれた器を受けとり、料理を味わう。


「山菜とウサギ肉の鍋か? もぐっ……おおっ、最高に美味いな」

「ふふっ、そう言ってくれると作った甲斐があるわ。もう少ししたらお魚も焼くからね」

「ミーニャよ。酒も用意してくれぃ」

「はいはい、飲み過ぎは駄目よ?」


 もてなしの料理で、腹が満たされ心が温まる。

 今となっては機会も大分減ったが、誰かと一緒にする食事はいいものだ。


「さてはて、おとぎ話とグラッドの話が同じ出来事を指すのであれば……神の力とやらでおぬしは不老不死を得たのか?」

「そのおとぎ話に出てくる神の力ってのはもっと別の物なんだ。少なくとも今のオレにその力はない」

「ほう? ならば……」


「オレの不老不死は、呪いなんだよ。魔神といえど神は神。それを人間風情が打ち滅ぼした報いだったんだと……そう思っている」


「ふおっ! 神殺しときたか!!」

「……おじいちゃん。神様って殺せるものなの?」

「大なり小なり、神を倒した話は各地にある。真偽はわからぬが、すべてに共通するは紛れもない偉業という点よ」


「グラッドさんって、とんでもなくすごい人なんだ!」


「……オレ一人じゃどうにもならなかったよ」


 多大な犠牲の上に成り立った苦すぎる勝利は、今もなお心に深い傷を残している。呪いはその傷を消してはくれなかった。

 生き残るべきはオレ以外の人間だったと、何度悔いたか。


「ぷはぁ~、これは良い酒じゃわい」

「飲み過ぎは駄目よ?」

「わかっとるわい、じゃが飲みたい時に飲むのが良いんじゃよ。グラッドも飲みたかろう?」


 酒が注がれた盃を渡されたので、丁重に頂戴する。酒はぶどう酒やエールとは違う無色透明で、盃の土色が透けて見えた。


 心のもやを振り払うように気分をグイッと一気に煽った。

 桃の風味がしたと思った直後、カーーーッと熱いものがこみあげてきた。

  

「ゴフッ!? この酒、強すぎないか!?」

「ふぉふぉふぉ、なあにこんなもんじゃろ。もう一杯行くか?」

「次は、じっくり味わって飲むよ……」

「そうかの? では儂は酒の勢いに任せていただくとしようかの」


 フースーはそう言うと、床に両こぶしをついてゆっくり頭を下げた。


「グラッド殿。数々の非礼をお詫びしたい。あなたのような人物をすぐに見抜けないとは、儂の目も曇ったものじゃ」


「止してくれ。オレだって本当に不老長寿のセンニンなのか疑ってきたんだ。見ただけじゃそんなのわからないだろ? 経験で知ってるだけさ。ある意味お互い様じゃないか」


「そう言ってもらえると助かるのぅ。この年になっても未だにこの世界は未知を教えてくれる」


「私はドキドキしっぱなし。いままで生きてきた中で一番してるわ、間違いなく」


 ミーニャの言葉に和みつつ、いよいよ話は本題に入っていった。


「知りたいのは、不老不死ではなくなる方法じゃったな」

「……ああっ」


「飲めば長寿になる薬、あるいは食せば不老長寿になる桃――そんな話であればちぃっとばかし聞いたことはあるがな。その逆となると……」



 一気に酒を煽ってから、フースーは淀みなく回答してくれた。




「――儂にはその方法はわからぬ。残念ながら、な」



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