不老長寿のセンニン③
「そう……か」
その可能性も覚悟していたはずなのに、あからさまに落胆している自分がいた。
いや、覚悟よりも期待の方が大きかったんだ。
次こそは、次こそはと何度も求め続けて。
手がかりを失うたびに気分が沈む。
――やっぱり呪いを解くのは不可能なんだろうか。
そんなオレの不安を、センニンは見切っていたのかもしれない。
「じゃが、これだけは言える。人生は何が起きるかわからん!」
力強く言い切るフースーには謎の説得力が感じられた。
「今の世の中、誰しもが長く生きれるわけではない。だがその間に、いくつの大きな出来事が起きることか」
それはきっと誰にもわからない。
生きて、生き抜いて、その先でようやく振りかえって。ようやく自分の事だけがわかる。
「儂もコレまで生きてきて、おぬしのような者に会ったのは初めてじゃ。今日という日は間違いなく大きな出会いに違いない。グラッドの辛い過去も、突然訪れたもの。そんな日を誰が予想できたじゃろうか、いーや誰もできぬ!」
ぐびぐび飲まれてフースーの酒が減っていく。
ちょっとペースが心配だ。
「不老不死にされたのじゃから、元に戻す方法もあーる。絶対じゃ! 不老長寿と噂されたセンニン様が言うんじゃから間違いなーい!!」
「……ごめんねグラッドさん。おじいちゃんお酒が入ると、いつもこんな感じで」
「ああ、うん。大丈夫だ、酒が入ると別人みたいになるヤツもいるしな」
「儂は正気じゃ! よし、今度は儂の話を聞けぃグラッドよ。センニン様のありがたーい話じゃ、ご利益あるぞ!」
「……そう言われたら、聞かざるをえないな」
「ああ……お料理とお酒、足りるかしら」
もてなしという名の酒盛りは、夜遅くまで続いた。
フースーも盛り上がり放題で、途中からはミーニャにも酒を勧めてしまう。そこからが、また大変で、
「おじいちゃん! 私も出会いを求めて旅がしたいわ!」
「女の旅は危ない? だったらグラッドさんに守ってもらえばいいのよ」
タガが外れたミーニャのテンションの高さはフースーの比ではなく、なだめて寝かしつけるのは骨が折れた。
「ふぅ、飲み過ぎたかの。ちょっと夜風にあたってくるとしよう」
フースーが手招きしたので、オレは彼の散歩に付き合った。
空を見上げれば、優しく輝く丸い月が美しい。
「遠い遠い東の方で生まれた、ずる賢い男がいた。そいつはな、自分はこんな退屈な村で終わらない。もっとふさわしい場所で生きるのだと意気込み、故郷を飛び出した」
「そのうち大きな都に着いた。そこで王に仕えられないかと画策したが、右も左もわからぬ若造は門前払い。ならばと、武術を磨き、薬の知識を身につけた。無礼な若造に教えを施した師は、それはすばらしい方々じゃった」
「その教えを受け継ぎ、男はその力を振るった。戦を勝利に導き、病に伏せた人々を治した。いつしかその男は都でも知らぬ者はおらぬ有名人じゃ。だが、名をあげる度に望まぬ権力争いに巻き込まれ、男は辟易していく」
「結局、その男は無実の罪を着せられ都を追われるはめになった。ひどい話じゃろ?」
急に話を振られたので「そうだな」と返しながら、苦い顔をする。大小なりオレにもそういう覚えがある。
「じゃが、結果的にはそれが良かった。かろうじて生き延びた男は、たどりついた土地で生涯のツレができたのじゃ。男が間違いを犯したのなら容赦なく横面を張り飛ばすような女じゃったが、誰よりも深く愛せた」
頬をさするフースーはその痛みを思い出しているのか。しかし、その表情は柔らかい。
「ツレは住む場所を失くした者や、親を失った子を放っておけない性質でのぅ。気付けばそやつらで村ができとった。血が繋がっていなくとも本当の家族のように「おじいちゃんおじいちゃん」と呼んでくれたりのぅ。ふぉふぉふぉ、そんな場所を生み出したあやつは、今思い出しても男には勿体ない女じゃったよ」
「いい人だったんだな」
「……うむ」
嬉しそうに笑っているであろうフースーの後ろについたまま、来た道を振りかえった。
ミーニャがいる小屋からは大分離れている。仮に大声を出しても届きはしないだろう。
「年寄りの昔話は退屈じゃったかな?」
「いや、むしろあんたがどんな風に生きてきたのか。ちょっとでも知ることができてよかったよ」
「…………ふぉっふぉっふぉっ。なぁ、グラッドよ」
フースーはそこで足を止めて、後ろにいるオレと向き合った。
「さっきはミーニャがおった手前、知らんといったがな。儂はおぬしの不老不死を解くことができるやもしれん」
いきなり飛び出した、まさかの言葉。
ドクンと強く心臓が脈打つ。
「本当かッ!?」
「儂の生まれた地方にな。毒を以て毒を制すという考えがある。これは毒の治療に別種の毒を用いて解毒をするというものじゃが、ある伝説があっての」
「天にも届きそうな山に、不死身の怪物が住んでおった。悪事の限りを尽くす怪物は暴れ放題好き放題。人々が困り果てたその折、高名なセンニンが怪物の下に現われる」
センニンは告げた。
――これ以上人間を襲うのであれば、まず先に儂を喰え。センニンの真の臓はそこらのモノとは一味違うぞ。
「センニンはみずから人々の身代わりになろうとしている。なんて愚かなのだと怪物は嘲笑い、望みどおりセンニンを食い散らかした。血をすすり心の臓を一飲みよ」
「それ、どうなったんだ?」
「その後、怪物は退治された。怪物はいつの間にか不死身ではなくなっておったのじゃ」
「…………待て、フースー。その話をオレに聞かせて、何が言いたいんだ」
そしてなぜ、わざわざミーニャにこの話を聞かれないようにしたのか。
嫌な、予感がした。
「この伝説はな、不死身の怪物の特性がセンニンを喰らったことによって消えたことを示唆している」
「…………」
「グラッド。儂も不老長寿のセンニンの端くれじゃ」
「だから、なんだっていうんだ。オレがその話を鵜呑みにして、不老不死を解くために、あんたを殺して心の臓を喰らうっていうのか」
「それは違うと?」
「当たり前だろ。そんなことをしたらオレは人間じゃなくなる。そんなの……化物(やつら)と一緒じゃないか」
もし、オレが狂気に駆られて取り返しのつかない過ちを犯したら。
それで呪いが解けたとしても、素直に喜べるはずもない。
その後、普通の人間として生き続けて、いつか最期を迎えた時。オレは先に逝った人たちにどの面下げて会うことができるというのか。
「……ふぉっふぉっ、すまぬすまぬ。冗談が過ぎたわい」
フースーが申し訳なさそうに謝ると、充満していた重い空気が離散した。
自分が息をするのすら上手くできていなかったのだと気付いて、大きくため息を吐く。続けて深く息を吸ったことで、なんとか平常心を取りもどせた。
「ほんとに、冗談だったのか? 本気にしか感じなかったぞ」
「解毒の考えや伝説に関しては嘘ではないからのぅ。いや、しかしグラッドよ。おぬしは長く生きてる割には、あまりスレていないようじゃな」
「あんたみたいに性根がひんまがってるヤツが、そういてたまるか」
せめてもの悪態をついたが、フースーはカラカラ笑うだけだった。
性質の悪い冗談に付き合わされてこっちは冷や汗ものだというのに、このジジイは……。
「さっ、酔いも冷めたし、飲み直しといこうかの」
「まだ飲むのかよ……」
「酒を適度に飲むのが長生きの秘訣じゃよ! むろんグラッドも付き合うんじゃぞ」
「……オレには効かないだろうけどな、その秘訣」
その後も、フースーは夜通し自分の話をしてくれた。役に立つこともあったが、役に立たなそうなことがほとんどだ。でも、それが普通なのだ。
その普通が、今のオレにはとても遠い。
だからこそ、うらやましくて、暖かいものに感じる。
――ああ、そうか――
しばらく離れていたものだから、気付くのに時間がかかった。
オレは、フースーたちが、
オレを見た目どおりの『人間』として扱ってくれたことが、無性に嬉しかったのだ。
それから数日間フースーの小屋に居座り、さらに数日ほど村に滞在した。
本来はフースーとの話を終えたら出発するつもりだったが、ミーニャを中心に村人たちによって強引に引きとめられたからだ。
出発を急ぐ理由は今のところ無く、是非と頼まれては断る理由もない。世話になった礼に何かしたかったので、大きな猪を仕留めてきたらとても喜ばれた。
いつの間にか山を下りてきていたフースーも、酒をかっくらっていた。それを見て思い出した酒癖の悪い仲間の話は、思いのほかウケた。
――久しぶりに味わった人の温かさは、とても居心地が良かった。
「だからこそ……もう行かないとな」
そう決めた夜を越えた翌日。
オレは旅支度を整えて、出発することにした。
「皆さん、お世話になりました」
「こちらこそ、楽しかったよ!」
「旅人どころか、本当の英雄が滞在するなんて人生に一度あるか無いかだしな!」
「グラッド兄ちゃん、また来てね! あたしたちのこと忘れちゃやだよ!」
わざわざ集まってくれた村人からいくつもの言葉を受け取って、別れを告げる。
村の門まで行くと、ミーニャとフースーが待っていた。
「グラッド。山にも近道があるでの、少しばかり案内してやろう」
「助かるよ」
「グラッドさん。私とまた熱い夜を過ごしたくなったら、すぐに戻ってきていいからね?」
「……親父さんがその辺にいたらまた殴られるからホントに止めてくれ」
降参するオレのポーズを見て、ミーニャが満足気に微笑む。どうやらこの子は人をからかうのが好きらしい。都会に行った日には、さぞ男たちを困らせることだろう。
「またね、ブラッドさん」
ふわりと優しく抱きしめられて、そのぬくもりを感じる。
「気軽にそういうことをするんじゃない」
そう叱りそうになったが、思い留まった。
最後くらい甘えてもいいだろう。お互いに。
「ああ……いつか、また」
軽く抱きかえして、別れの挨拶とした。
再び会えるかはわからない。会えたとしてもいつになるのか。
それらの気持ちをすべて飲みこんで。
「儂ともハグするか?」
「フースーがしたいなら、オレは全然構わないぞ?」
「うーむ、男と抱き合う趣味はジジイにはないのぅ。……それでは行くとするか」
「ああ」
それから一度も振り向くことはしなかった
フースーと連れ立つ二人旅も長くはない。
村から離れて一時間程。互いに大して中身もない世間話をしながら進んでいただけだ。
そして、その時がきた。
「この山間の道を進むとよい。おぬしの足なら二日も経たず宿につけるじゃろうよ」
「何から何まで本当にありがとう」
「なあに、長生きのよしみじゃ」
「それじゃあ、フースー」
――また会おう――。
その言葉をオレは口にできなかった。
不老長寿のセンニンと噂されたフースーは、呪われたオレと違って寿命があるのだ。
再び会うのはきっと、ミーニャよりずっと難しい。
「また会おうぞ、グラッドよ」
「ッ!」
「おぬしと過ごした時間は短い。想像を絶するおぬしの苦悩をすべて知ることは不可能じゃ。じゃが、あの夜に心の内を見せてくれたおぬしに、これだけは言わせてもらおう」
「――何があろうとおぬしは人間じゃよ。儂らと同じ、な」
「………………ああ、……ああッ!」
不意に涙がいくつも零れていく。
それはありがたすぎる餞別だった。
事情と正体を知ってなお、そう言ってもらえる事がどれだけ嬉しいか。
「――オレはココに誓おう。あなたの言葉を、決して忘れはしない」
今日のオレは、逃げるようにでもなく。あるいは迷惑をかけないようにでもない。
新たに出会った人たちに、同じ人として別れを告げられるのだ。
「また会おうなフースー。いつかもう一度会いに来るから。それまでくたばるんじゃないぞ!」
「ふぉふぉふぉ、それはまた長生きせんといかんのぅ」
フースーとなら、本当にもう一度会えるかもしれない。
呪いを解いた時の希望をひとつ貰って、オレの次の旅に出た。
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