chapter1:人だった者

不老長寿のセンニン

 


 背中を任せてくれる友がいた。


 命を懸けて守ると誓った主がいた。


 ――みんなの代わりにオレだけが生き残った――

 

 

 讃える人たちがいた。

 

 それ以上に恐れる人たちがいた。


 ――化物と呼ばれるのに時間はかからなかった――



 幾度となく絶望は繰り返される。

 暗闇が晴れることはなく、未来永劫抜け出せないかもしれない。


 それでも、と叫び続ける。

 オレは『  』じゃなく『  』だと。 


 わずかな手がかりと希望の灯を頼りに進む。

 

 この果てなき旅路はどこまで続くのだろうか。






 都会の喧騒から離れて、それなりの日数が過ぎた。

 懐具合によっては馬車に乗せてもらう機会もあったが、遠き山々に近づくにつれて、自らの足以外では厳しい山道の上り下りを強要される。


 以前騎士団に所属していた身としては、強靭な肉体と精神をを必要とする激しい訓練が頭をよぎってしまう。

 苦笑いせずにはいられなかった。


「懐かしいな」


 貴族出身の同期が調子に乗ってペースを乱したもんだから、訓練終了時には「二度とやるものか!」と叫んでいた。便乗して他のやつらも口々に叫んだら、何事だと駆けつけた団長にこっぴどく叱られた。


 武器に防具に食糧等を限界まで持っていた当時に比べれば、今は旅に必要な最低限の荷物と槍1本ぐらいだ。軽いものである。

 

 新米時代の思い出を楽しんでいる内に、目的地の村が見えてきた。


 この辺り一帯で一際大きな山の麓にあるその村は、賑やかな都会と比べれば貧相この上ない。牧歌的な雰囲気は、似たような故郷で生まれた自分としては中々に郷愁に駆られるものだった。

 大きく異なるのはあちこちで桃の木が色づき、赤・白・ピンクと華やかに咲き乱れ、目を奪われるところだろう。

 


 ――温泉でもあれば、しばらく居てもいいかもな。

 などと勝手な希望を抱きつつ、防御柵に囲まれた村の入口にようやく到着した。


 旅人が珍しいのだろう。

 すぐに見張りが駆けつけて「この村に何の用か」と尋ねられた。しかしあまり警戒された感じではなく、興味津々といったご様子だ。


 ……これなら素直に口にした方が良いか。


「この辺りで、不老長寿のセンニンと呼ばれている方がいると聞きました。オレはその人に会いに来たんです」


 オレこと――グラッドレイは、相手の反応を伺いつつ返事を待った。






「ミーニャ! なんと驚け、こんな村に遠路はるばるお客さんだ」


 最初に声をかけてきた村人に付いて行った先は、一軒の家だった。センニンと呼ばれ畏怖される人間の住処にしては、木や漆喰で出来た至って普通の家だ。


「あら、お客さまですって?」


 家から出てきたのは、素朴なエプロンドレスの少女。穏やかで人のよさそうな感じの……二十歳ぐらいだろうか。

 少なくともセンニンには見えない。


「あとはミーニャに話してやりゃあいい」


 そう言い残して、男の村人はさっさとどこかへ行ってしまう。

 その緩さはいいんだが、オレが悪人だったらどうするんだとちょっと心配になる。


「あらあら、こんな田舎に何のご用事?」


 ミーニャと呼ばれた娘は見張りの男以上にオレに興味津々といったご様子だ。

 まあ、まずは初めの挨拶を――。


「あ、待って! あなたがどんな理由で来たのか当ててみせるわ」


 開きかけた口が彼女の静止で思い留まる。もしや予知能力でも披露してくれるのかと楽しみにしていると、


「んー、あなたは私に会いに来たどこかの王子様。一目見たその日から、恋が芽生えることもある。我慢していたけれど、もう限界。まずはもう一度会ってこの気持ちを伝えよう! という感じかしら?」


 披露されたのは、夢見る乙女のたくましすぎる妄想劇だった。


「ハハハッ、それならオレが白馬にまたがって来たら最高だったかな」

「ついでに豪華な服や綺麗な宝石のプレゼントもお持ちになってくださると嬉しいわ」

「申し訳ない。今回はお忍びでして、ろくな準備もできませんでした」


 以前縁があった王子の仕草を真似て大げさに礼をしてみせると、ミーニャがニッコリ微笑んだ。どうやらお気に召したらしい。


「私の予想は当たってましたか?」

「残念ながら。こんな槍にフード付コートなんて身なりじゃ、せいぜい王子の気持ちを代わりに伝えに来た門番ぐらいでしょう」

「あら残念。でも、せっかく訪ねてきてくれたのだから、おもてなしぐらいはしたいわ。さっ、どうぞ入って」


 背中を押されるように家の中へ。

 椅子に座らせられると、ほどなくしてローテーブルの上に飲み物が出てきた。


「ありがとう」

「お口に合うかはわからないけどね?」


「オレの名はグラッドレイ。仲間内じゃグラッドって呼ばれてる」

「じゃあグラッドさん。あなた、商人かなにかで?」


「いや。どうしてそんなことを?」

「私の突拍子もない話に付き合ってくれたから。商人は口が上手いって言うじゃない」

「生憎、上手い商売を探しにきたわけじゃないんだ」

「それじゃあどんな理由で?」


「……不老長寿のセンニンに会いに来た」


 わずかに会話が途切れる。


 彼女が思案している間に、用意してくれた飲み物に口につける。

 桃の香りがする変わったお茶? のようだ。


 もしコレが何かの毒だった場合、ヒドイ目に遭うのが確定するが……さて。


「そのセンニンに会って、どうするの?」

「話を訊くだけさ」

「……前にもね、センニンに会いたいって人が何人もいたの。でもみんな理由は同じだった」


 うんざりといった感じを声に滲ませつつ、ミーニャがじっとこっちの顔を見つめてきた。彼女からオレはどう映るのだろうかと思いながらも、その視線に向き合う。


「正直に答えて。あなたも、不老長寿の秘密が知りたいの?」

「……オレは」


 おそらく、いや間違いなく。オレの前にセンニンを訪ねてきた連中は不老長寿になりたかったのだろう。

 年をとることなく若いままでいたい。より長く生きたい。いつかくる死を避けるために。

 そのためには多少の無茶もする。恐ろしい悪事に手を染めるヤツもいるだろう。ミーニャの反応を見る限りでは、そういうタイプがセンニンに会おうとしたのだろうか。


 しかし、そいつらとは確実に違うと言いきれる理由がオレにはある。

 だから答えは簡単だ。


「不老長寿なんてごめんだね。訊きたいのは、どうすれば真っ当な人間らしく生きられるかさ」


 オレの答えが完全に予想外だったのだろう。

 ミーニャは一瞬キョトンとなった後、噴き出した。


「ごめんなさい。そんな答えが返ってくるなんて思ってもみなかったから。でも、グラッドさんは嘘をついてないようですね」

「どうしてだ? 適当に言っただけかもしれないぞ」


「仮にそうだとしても、もっとマシな言い訳があるでしょう。そんな純粋な願いのような回答は百人に一人もしませんよ」

「……そ、そうかな」

「それに私はこう見えて、おじいちゃんに人を見る目を鍛えられているので。相手の雰囲気や仕草、瞳の動きである程度の真偽はわかります」


「それは大したもんだ。そのおじいさんは何者なんだか」

「センニンですよ」

「ん?」


「だから、私のおじいちゃん。ほぼ間違いなく、グラッドさんが探してるセンニン様です」


 えっへんと、ミーニャが自慢げに胸を張った。


 ミーニャの態度はともかく、その言葉を聴いてオレは大きく安堵する。

 

 よかった、センニンは実在するようだ。

 なら次は……。

 オレが求めているものを知っているかどうか。


 今までに幾度となくしてきた期待を抱きながら、オレはすぐに会えるか? とミーニャに尋ねていた。





 センニンの下へ出発したのは翌日になった。


 件のセンニンは村のどこかにいると予想していたのだが、見事にハズレた。

 センニンの住処は山の中にあり、今から会いに行こうとすれば確実に夜になると教えられれば無茶はできない。ミーニャは快く案内役を買って出ててくれたが、夜の山道はトラブルが起きやすい。


 

 結局旅の疲れを癒すため、村で泊まることにした――といえば聞こえはいいかもしれないが。


「この村に宿なんてありませんけど?」


 ミーニャの第一声がコレだった。


 ならば仕方ない。

 どこか寝泊まりできるところがないか、村人たちに聞いて回ろうとした。ダメなら野宿決定なだけだと。


「それならココに泊まりますか? 今なら可愛い村娘付きですよ♪」


 茶目っ気たっぷりなミーニャが中々に強烈な誘いをかけてきたのだが、コレのタイミングが良くなかった。


「それも最高だが、男は夜になると狼になるっていうぞ。喰われても文句はいえないな?」




「……ほぅ、親が留守の間を狙って人んちの娘を喰おうとする狼が出るのか。そんな野郎は丁重にもてなさねぇとなぁ!?」




 最悪のタイミングで帰ってきたミーニャの父が、オレの冗談を真に受け大騒ぎになった。

 誤解を解くには時間がかかったが、お互いに悪いということで頭を下げあうことに。その後、帰ってきたミーニャの母がお詫びに食事でもと誘ってくれたので好意に甘えることにしたんだが……。


 村で最初に会った村人がオレの存在をあちこちに伝えていたらしく、ミーニャ家に続々と村人が集まった結果オレは引っ張りだこになった。


 もはや宴会ノリになったその場の勢いは、夜遅くまで続き――朝を迎えたわけだ。



「……酒が残らなくてよかった」

「ごめんなさい。お父さんたち、ここぞとばかりにはしゃいじゃって。娯楽が少ないから、お酒を飲める時と面白そうな機会を逃さないんですよ」

「ああ、その気持ちはわかる。オレの故郷でも似たような事があったから」


 排他的な環境でなければ、外の人間はありがたがられる。


 それでも娘をたぶらかす狼に間違われたのは希有なんだが……あの人にはもう少し冷静さがあってほしかった。


「でもグラッドさんタフですね? ウチのお父さんは、村の中でも一番の力持ちでケンカも強いのに。お顔、大丈夫ですか?」

「最高に殺意の籠った拳だった……」

「ん~……痣にもなってませんね」


 ジロジロ、ペタペタ。


「あんまり気軽に触らない方が助かるな。親父さんにまたドヤされたくない」

「その節はほんとに……。お詫びにサービスしますので」

「だからそういう言動がだな……」


 そんなやり取りをしつつ、自然豊かな山道を登っていると木々が開ける。

 山の中腹よりは上ぐらいまで来ただろうか。そこには突き出た崖があり、小さくなった村が見下ろせた。また、陽を浴びて明るくなった緑と桃色の山々が一望できた。

 

「最高の景色だな」

「はい、おじいちゃんもこの景色が好きみたいです」


 山間を抜けた風が心地いい。

 運ばれた淡い匂いはいろんな物が入り混じった自然の香りだったが、やっぱりというべきか。桃の成分が強めだった。


「グラッドさん。あそこがおじいちゃんの隠れ家です」

「いよいよご対面か」


 岬の近くに山に溶け込むかのような小屋がひとつ。ミーニャは隠れ家と言っていたが、これは確かに場所を知らなければ見つけにくい。


「おじいちゃーん! センニン様に御用の方がきましたよー!」


 ミーニャが声をあげながら小屋の中へ入っていくと、「あれ~? おじいちゃーん?」などと探している風な声がこちらまで聞こえてきた。


「まさか留守か?」


 それはちょっと困った。探しに行くか、待たせてもらうか考えねばならない。

 とはいえ、探しに行くとしても行先のアテは無い(ミーニャなら知ってるかもしれないが)。

 待たせてもらう場合、いつ帰ってくるかによっては待つこと自体が不可能な時も……。


 さてさてどうしたものか。


 ――センニンが昼寝しているだけだと最高にツイてるな。

 そんな緩い思考に行きついた、その時。


 ガサガサッ! と近くの茂みから大きな音がした。

 

「……動物か?」


 茂みへ視線を向けるが何もなさそうだ。

 だがオレの身体が、直感的に危険を感じとって、素早く槍を構えさせた。


 前ではなく、後頭部を守るように。


 横にした槍を頭上に持ち上げると同時に、パッコオーン! という殴打音。手にビリビリと衝撃が伝わった。


「フォ?」


 勘違いでなければ、襲撃者の声からは「あれ、失敗した?」的なニュアンスが感じられた。これは完全にやる気か? だとすれば黙ってやられるわけにもいかない。


 振り返ると、小さなじいさんが殴った反動で後方に跳んでいた。クルクル回って大変身軽だ。


「フォフォフォ、完全に当てたと思ったんじゃがのぅ」

「いきなり攻撃してくるなんて、血気盛んすぎやしないか。まさか、ミーニャの親父さんが放った刺客ってわけじゃないよな?」


 もしそうなら、オレは親父さんから大変な怒りを買っているわけで。娘をかどわかした男という誤解が解けていない事になる。


「なぁに、ワシは人見知りでな。初めて見た相手が怖くて思わず手を出してしまったんじゃ」

「それはまた、最高に厄介な人見知りだ……」


 いるわけないだろ、そんな人見知り! と叫びたい。


「おじいちゃん!? 何してるのよまったく!」


 血相を変えたミーニャが騒ぎを聞きつけて駆けつける。


「おおっ、可愛い孫娘よ。ちょっとそこで待っておれい、今不埒者を成敗するからのぅ」

「成敗されるのはおじいちゃんよ! ほら、私も謝るから早くグラッドさんに謝って! せっかくおじいちゃんに会いに来てくれた人になんてことをッ」


「な、なんじゃと!? まさかミーニャ、この男はお前の……コレか?」


 小指を立てるじいさん。

 あれって確か、恋人だかを表わすジェスチャーだったか。


「いや、ちがっ――」

「そうだって言ったら、素直に謝る?」


 おいコラ村娘。


「無論、孫娘の貞操を守るために全力でボコボコに処す」


 ある意味、この娘にしてこのじいさん有りか。


「あー……オレが気に入らないのはわかったから、少し話を聞いてもらっても?」


 いつまでも二人の面白やり取りが終わるのを待っていられないので、早々に流れを切った。


 オレを襲撃したじいさんを改めて確認する。

 身体は小柄で、ボリュームがある白い髭が顎下に伸びている。あまりそのゆったりひらひらした服も白く、肌色以外はみんな白い。手に持っている杖も相まって、オレが聞いた噂どおりの姿ではあった。



「あんたが不老長寿のセンニンか?」

「ふぉふぉふぉ、そう呼ばれるのも久しぶりじゃ」

「偉そうにしてないで、おじいちゃんは先にグラッドさんに謝りなさいってば」

「娘はやらん。帰れ小僧」


 最初から勘違いされており、印象は非常に悪そうだ。

 これは一苦労するぞ……。


 オレは二人にバレない程度に、小さくため息を吐いた。

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