第1話 ギャンブル依存症の母と、娘。_9

JRAのカウンセリングセンターに電話相談をしてから

およそ10年が経っていた。


それからも母の競馬人生は続いていた。

母の感情の起伏はときどきだった。


一番心が硬質になったのは、

コロナ禍で私がテレワークをし

母も仕事を完全にやめて

ふたりがずっと家にいるようになった次の年

2022年の一年間だった。


ちょっとしたことで機嫌を悪くし

(といっても、おそらくは競馬やお金にまつわる話)

母はわたしに人格否定的な言葉を発して

わたしのことをその場(ダイニング)から退けた。

暴力こそないが、

わたしは子どもの頃から

母に対する恐怖心が強いため

本気で怒りを向けられるとしばらく近づくことはできなくなる。


結果として、

そこから一年間。

2023年1月になるまで

わたしは2階の自室にこもる生活をした。


コンビニの食べ物を買っていたが

節約したかったし、

それ以上に、衛生面などを考えて

部屋を汚さない

汚れた紙パックやプラスチックパックを部屋に置かない

部屋をきれいにしておくために対策をした。


ビニール袋に水とうどんを入れたもの

ビニール袋に水と豆腐を入れたもの

耐熱性のビニールで処理ができて

ゴミを出さないようにできるもの

とにかく汚れ物が出ないもの

後ににおいが出ないもの

を自室で食べる生活をしていた。

まるまる一年だった。


母の機嫌が治まるころ(もしくは忘れてきたころ)

また、わたしの恐怖心が治まるころ

そして、わたし自身が部屋に閉じこもることの限界がくるころ

自然と母と話をするようになった。

2023年、ことしの1月のことだ。


1月からこの9月まで

母と挨拶程度の会話はできるようになった。

ただし、母の生活は、

 朝から夕方まで座りっぱなしで競馬

 庭先から道にはみ出して鉢植えを並べる園芸

 冷蔵庫に大量に押し込まれた賞味期限が切れた食べ物

 テーブルにあふれる作り置き

など

わたしには理解できないことが多かった。


会話は園芸や食べ物の話もあったが、

日本賛美、他国卑下の動画の話があり、

わたしはその話を聞くと

具合が悪くなった。


また、度々、人に対して

嫌悪を顕にすることがあり、

それは親戚や自分の息子やその妻にまで及んだ。


残念ながら、

わたしはそうした母に笑顔で接することは

ほとんどできなかった。


 *


ただ、一度だけ、今までにはない進歩を感じたことがあった。


自分が一日だけ家を出て

外の空気を吸いたいと思い、

バス旅に行きたいと思ったことがあった。


うちのおように、家計をひとつにして暮らしている

ちいさな家族の場合、

ちょっとした外出でもひとこと話しておくのは暗黙の了解という感じがした。


わたしは成人しているし、

なんなら人生半分回っているので

外出ぐらい自由にできることは

頭では理解できている。

ただ、心理的に宿泊を含む外出は

相当の理由がない限りはできないし、

一日であれ遠出をするときは

家族にひとこと言うというのは必要だと思った。

主には金銭的なことでだ。


わたしがお金を使うこと。

それは「親にお金を渡していないこと」に他ならないからだ。

わたしは給与の半分を親に渡しているが、

それでも母は「足りない、生活にはお金が足りない」と

常々言っている。

そういう精神的負担から、

家族に分かる形でお金を使うときは

断わりが必要だと思っているのだ。


 *


本当はひとりでバスに乗って旅行に行きたかった。

でも、ひとりで旅行に行くことに引け目もあった。


母に「バス旅行に行く」と思い切って伝えたところ

いいねと言ったので、

思わず「一緒に行く」と言ってみた。

部屋にこもるのが好きな母なので

当然「行かない」と言うだろうと思ったのだ。

しかし、以外に母は「いく」といった。


そして、数日経って

「NIKEのあの靴じゃないと歩けないから靴が欲しい」と言った。


靴はわたしが買ってあげた。

また、バス旅の代金もわたしが出してあげた。

「してあげた」という態度はよくないのかもしれないが、

けして、お金が余っているわけではなかった。

母と外出することで

家にこもりきりの母に

なにかリフレッシュしてもらうことができるかもしれないと思った。

そうポジティブに捉えて

母とバス旅に行くことにした。

働いていない母にお金を出してもらうわけにはいかなかった。

また、お金の話をすると、機嫌が悪くなるのは分かっていた。


バス旅はとても順調だった。

母の機嫌はよかったし、

その日は競馬もしていなかった。


こうして別のことをに興味がいっているときは

競馬はしなくてもすむのかなと思った。


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