第9話 今が好き(お題:答え)

 首だけの男がココに「どうかしたいのか」と訊ねたあと、客が帰ってから答えが返された。

「べつにどうもしたくない。店にいたい」

「じゃあ何も悩むことはないだろう。好きなだけいればいい。俺もいてほしい」

 彼はそう言うが、ココが引っかかっているのはルーカスのことだった。あの雨の日から姿を見せていないのは、あるかどうかもわからないココの死体を探し回っているのかもしれない。

 もし見つかったら?

 見つけられなくても、私がどこの誰かを突き止めて、思い出させようとしてきたら?

 ルーカスが来ない日が積みあがるのと同じだけ、ココの不安も大きくなっていく。首だけの男に、何か悩んでいるのかと気遣われることも増えた。


 いよいよココが、自分の死体を先に見つけて隠すのはどうだろうか、と悩みはじめた頃だった。ルーカスがやってきたのだ。晴れた日だった。

「やあ、ルーカス。ひさしぶりじゃないか」

 首だけの彼は陽気にあいさつをしている。ココも「いらっしゃい」と言ったが、どうしても声は固くなってしまった。気持ちはどうあろうとコーヒーをそそぐ手つきは慣れたもので、滞りなくルーカスの前にカップは置かれる。

「わたしを、さがさないで」

 波打った液体が静かになったとき

「それはどういうことだ?」と聞いたのは首だけの男だった。

「私が死んでるんじゃないかって言ったのはルーカスなの」

 ココから見えるのはルーカスの表情だけだ。「いつ?」怪訝そうな問いには誰も答えない。

「それで、死んだ体が見つかったら、私、今いる私が消えちゃうかもしれないって」

 だから探さないでほしい、ともう一度言う。

「ちょっと待った、ココ」

 焦ったように立ち上がったルーカスは、ココの前に移動する。首だけの男から見えるのは、できるかぎり眼球を動かしても彼の側面だけになってしまった。

「もしかして、俺が森を探してるんじゃないかって思ってる?」

「え? ちがうの?」

「なにがどうなっているのかさっぱり分からないが、とりあえず二人とも、俺の前に来てくれないか。目が疲れてきた」


「つまりココは、ルーカスが自分の体を見つけて消そうとしてるんじゃないかっていう心配をしてた。で、ルーカスは今日ココにどうしたいか聞きに来ただけで、いなくなってほしいとは考えてもない。ってことでいいか?」

 ココとルーカスはそれぞれ頷く。

「ココがもし自分のことを知りたいって思ったなら協力する。でも、探さないでってことは、そうしなくていいってことだな?」

「うん。死んでても死んでなくても、どっちでもいい。この店が好きだし、常連の人たちの話を聞いたりしながらレイと過ごす今が好きだから。それにもしこんな森の中に私の体が転がってるとしたら、絶対碌な死に方じゃないもの。思い出さないほうがよさそう」

 それもそうだ、と首だけの男は快活に笑ったが、ルーカスは眉を下げた笑顔をココに向けた。碌な死に方という言葉に、カウンターに乗る彼の最後が頭を過っていた。

「安心したらお腹が空いちゃった。ルーカス、何か食べる?」

「ソーセージとオムレツで」

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ロードサイドダイナー 湖上比恋乃 @hikonorgel

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