第8話 どうするんだ?(お題:センタク)

 晴れの日にしては珍しく、昼を過ぎてもロードサイドダイナーには客が訪れないままだった。ココはひとつだけ特別にしているカップにコーヒーを注いで、客席の方に出てきた。

「ねえ、レイ」

 声をかけながら、彼の正面からひとつずれた席に座る。

「あいかわらず前には座らないんだな」

「だってそこは、あなたに会いに来る人の席だもの」

 実際、ココは一度だってその席を使ったことがなかった。

「で?」

「……レイって、首だけになる前のことって覚えてるの?」

「随分いまさらなことを聞くな」

 気になったことがないといえば嘘になるが、知りたいと強く思ったのはルーカスと外出した雨の日からになる。

「ココはどうなんだ? 初めてあのドアから入ってくる前のことは覚えているのか?」

 聞かれたココは少し身を乗り出して目を合わせるようにする。

「話をそらさないで」

「そらしてなんかないさ」

 首だけの男の視界が、また店内の風景だけになる。

「そう言うってことは覚えてないんだろう? 一緒さ。俺だって覚えてない。気づいたときにはカウンターに乗っかってた。店の外がどうなってるかさえ、窓から見える範囲しか知らないよ」

「じゃあ私も死んでるってこと?」

「なんでそうなる」

 ココの手の中で揺れるだけのコーヒーは湯気もたたないほどに熱を失った。まだ一口も飲まれないままだ。

「レイだって気づいたらこの店にいた。私も気づいたらドアを開けて入ってた」

「極端な気もするが、もし、まあ仮にそうだったとしてどうするんだ?」

 首だけの彼がそう言ったとき、店の前に一台の車が停まった。客だ。ココはとっさに立ち上がって身支度をする。動き回る彼女の気配を空気で感じつつ「どうかしたいのか?」男はもう一度訊ねた。

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