第25話 戦後処理

 それから数日後、新たに国王として即位したデモスレス・ラフマノスは、今後の国の行く末を定める会議を開いた。

 参加者は12人の男女、新王デモスレスと有力貴族11名だ。今や名実共にリシュコフ公爵であるリュドミラもそこに参加した。

 また、リュドミラの伯父オレグスト・レマイオス伯爵も参加している。家格という面では他の参加者に及ばないものの、愚王ゲオルギイを討つ“義挙”において、最初に兵を挙げた事が評価された為だ。


 12人の参加者は、全員が円形に並べられた机に着いている。国王デモスレスすらも含めてだ。このことが、今のオルシアル王国の状況を象徴していた。

 そして会議が始まり、最初にデモスレス王が発言した。

「まずは、改めて皆に謝罪したい。

 此度は、他に例を見ない愚物、痴人ゲオルギイの愚劣を極めた暴挙により、我が国は取り返しがつかない被害を被った。かの愚物の弟として、また同じ王家の者として、申し訳なく思っている」

 そして深々と頭を下げる。


 貴族達に反応はない。

 デモスレスの言葉を肯定し、謝罪を当然の事として受けとったのだ。

 デモスレスは頭を戻し言葉を続けた。

「私は、今後二度とこのような暴挙がなされないように、体制を整える事が急務と考えている。

 ついては、今この場にいる者達を中心に貴族院会議を設立し、国政に関わる事は何事につけ、その助言と承認の下に執り行う事としたい。みなの意見を聞かせて欲しい」


 この発言は、事実上王権を放棄するという宣言だ。普通なら衝撃的な言葉のはずである。だが、貴族達は誰一人動じない。

 そして、一拍の後に王の左側に座るインクレア侯爵が発言した。

「賢明なお考えと存じます。我らは皆、王国の為に微力を尽くしましょう」

 続いて王の右からオルゴロード辺境伯が発言した。

「某も賛成いたす」


 他の貴族達も、次々と賛同の言葉を述べた。

 それを受け、デモスレスがまた口を開いた。

「ありがたく思う。では、皆の賛同の下、ここに貴族院会議を設立する。

 会議の議長は、我が国きって名門であるリシュコフ公爵に任せたいと思うが、どうか」


 貴族達の視線が、国王の対面の席に座るリュドミラに集まった。

 リュドミラは静かに告げた。

「私のような若輩者には、過ぎたお役目と存じます。他に適任の方がおられるでしょう」


「いや、歳など気にするに及ばない。その才覚をみれば、リシュコフ公爵こそ相応しいと存ずる」

 オルゴロード辺境伯がそう告げる。

 インクレア侯爵も続いた。

「如何にも。私もリシュコフ公爵こそが議長に相応しいと考えます」

 この事についても他の貴族達も皆賛意を示す。


 そして最後に、リュドミラの右隣りに座っていたオレグスト・レマイオス伯爵が口を開いた。

「この重責を担えるのは、そなたしかいない。リュドミラ、リシュコフ公爵。

 もしも手助けが必要となったならば、このオレグスト・レマイオスが助力は惜しまない。我が身命の全てをかけてそなたの為に戦おう。この先、どんなことが起ころうとも、な」

 静かな口調だったが、その表情は厳しく引締められ何事にも屈せぬ確固たる意思が示されていた。


 リュドミラは、オレグストの方に顔を向けると微笑みを見せ、僅かに頷いた。

 そして、そのまま正面に顔を戻し改めて口を開く。

「皆様にそのようにおっしゃっていただけるならば、僭越ではございますが、謹んで議長の任を務めさせていただきます。皆様、よろしくお願いいたします」

 そして、頭を下げる。

 貴族達は皆、拍手をもって改めて承認の意を伝えた。

 

 ここまでの流れは、全て事前に打ち合わされていたものだ。

 ゲオルギイの“自害”の後、次期国王に担がれた王弟デモスレスには、命を賭けて権力を望む気概はなかった。その為、傀儡になることを速やかに了承した。

 そうなれば、今後のオルシアル王国の政は、インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯の2人が牽引する事になる。しかし、両者はリシュコフ公爵家に次ぐ勢力を持ってはいたが、他の追随を許さないというほど突出した勢力ではない。他にも有力貴族は存在する。

 そのような貴族達もあわせて、合議制で国を動かす事となったのである。それが、貴族院会議の設立だった。


 そして、議長にリュドミラが選ばれたのは、インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯が互いに牽制した結果だった。両者は共に議長の地位を狙ったが調整がつかず、結局リュドミラを担ぎ上げる事にしたのである。

 リシュコフ公爵家であれば家格は申し分がない。また、それなりの行動力はあるにしても、所詮は小娘に過ぎないリュドミラならば担ぎ上げても問題はないとの判断によるものだった。

 要するに、新王デモスレスと同様にリュドミラも傀儡にしようというのである。


 しかし、リュドミラは傀儡の立場に甘んじるつもりはなかった。強くなければ何も守れない。全てを奪われる事になる。と、そう実感していたからだ。

 そして彼女が目指すべき強さとは政治力。彼女は政治の世界で己の力を強めてゆかなければならない。つまり、今後はこの会議が彼女の主戦場になるのである。


 無論、容易い戦いにはならない。リュドミラもその事は分かっている。自滅したも同然のゲオルギイなどよりも、この場にいる貴族達の方が遥かに強敵だろう。

 とりあえず、議長となれたのは大きな成果だった。それはリュドミラの意図した結果でもあった。

 だが、この程度の事で気を緩める事はできない。

 リュドミラは、改めて気を引き締め、しかし、そのような決意などおくびにも出さず、ただ嬉しそうな笑顔を作って頭をもどし、貴族達の拍手に応えた。

 彼女の新たな戦いはこれから始まるのである。

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