第24話 己の力のみを拠り所に

 ゲオルギイの“自害”を見届けたリュドミラは、それが一応は自害に見えるように最低限の工作を行い、諸々の手続きを済ませた後自身の屋敷に戻った。一時王国政府に接収され、ドナートの物とされていたあの屋敷だ。

 そして、リュドミラが1人で私室に入ると“伝道師”が姿を現した。また、美しい素顔を晒しソファーに腰掛けている。


「首尾はどうだった?」

 “伝道師”はそう聞いた。脱獄から今まで、ほとんどリュドミラの傍らにいた“伝道師”だったが、王城までは同行していなかったのだ。


「はい、作っていただいた薬を有効に使わせていただきました。恨みも憎しみもなくなることはありませんが、多少気は晴れました。これで我慢するしかないと思っています」

 その答えは、リュドミラの素直な気持ちだった。


「そうか、一段落ついた、といったところかな。

 だが、全てが終わったわけではない。そなたの人生も、そして戦いも続いてゆく。当然分かっていると思うが、気を緩めないようにな」

「承知しています」

「では、今後の為に何が必要かもわかっているな?」

「はい。強さ、です」


 “伝道師”は満足げに頷く。そしてまた、話し始めた。

「その通りだ。その事で、言っておくことがある。

 そなたの神聖魔法の才能はたいしたものだ。前にも言った通り、天才的といって良い。事実、短期間で驚くほどに熟達した。

 それも強さには違いない。だがな、神聖魔法は神によって許される事で使用可能になる魔法だ。つまり、神の考え次第で使えなくなる。考えようによっては、神から与えられた力と考えてもよい。

 その点で、本質的にそなた自身に帰属する強さではない。他者から与えられた力は、そなた自身の力ではないのだ。だから、神聖魔法に頼ってはならない」


 リュドミラには、その言葉を意外に感じた。

 確かに神聖魔法は神の意に逆らえば使えなくなることもある魔法だ。だが、神に仕える者ならば、だからこそ神の意に逆らうな。と、そう説くのが普通ではないだろうか?

 そう思いつつ、リュドミラが告げる。

「私は、アーリファ様の意に逆らうつもりはございません」

「だとしても、だ。

 或いは神が気まぐれを起こすかもしれない。それに、そもそも神は全知でも全能でもない。誤る可能性もある」


 リュドミラは今度こそ驚いた。神に仕えるべき者が神の不完全性を説くとは、リュドミラの常識の中では、それはありえないことのように思えたのだ。

 驚きを露わにするリュドミラに向かって、“伝道師”が話しを続ける。


「何も驚く事ではない。アーリファ神は事実を偽ろうとはしない。そして、神々が不完全だというのは明白な事実だ。

 もしも、神々が完全なる者だったならば、神々の戦などは起こらず、今も神々が世を統べていたことだろう。

 実際、多くの信仰において、高位の聖職者は神が不完全だと承知している。それでもなお信仰を続ける事こそ真なる信仰の道というものだ。

 中でも、アーリファ神こそが、神の不完全性について最も深く理解している神と言える」

「……そうなのですね」


「そうとも。良い機会だからそなたにアーリファ神の真意というものも伝えよう。

 アーリファ神は、信徒が何かに依存する事を良しとしない。それは、依存の対象がアーリファ神そのものですら変わらない。

 アーリファ神は、信徒が己1人の強さのみに頼る事を良しとしている。アーリファ神の信徒たる者は、神の言葉を指針とはしても、神に縋ってはならない。

 つまり、神聖魔法に頼る事はアーリファ神の意に沿う行いではない。

 もちろん、神聖魔法を使うな、などとは言わない。大いに使って結構だ。だが、最後の拠り所にはするな。使えるだけ幸運だ。と、その程度に思っているべきだ」

 “伝道師”はそこで一旦言葉を切った。そして、静かに“伝道師”の言葉を聞くリュドミラの様子を確認し、言葉を続ける。


「拠るべきは、己自身の強さのみ。

 そして、究極の意味で己自身の強さ、絶対に裏切られる事がない強さとは、己の肉体と精神に宿る力。端的に言えば、個人の戦闘能力と、何者にも屈さぬ心だ。

 とはいっても、不屈の心はともかくとして、そなたが今から最強の戦士や魔法使いを目指すのは現実的ではない。そなたが持つ強さはもっと別の種類のもの。他者を動かす能力だ。

 それは、他者が存在しなければ使えないもの、そして、裏切られる可能性もある不確かなものに過ぎない。だが、上手く使うならば途方もない強さにもなる。

 そなたはそれを用いて、より強くなり、そして己の戦いを続けるのだ。よいかな? 女公爵殿よ」


「はい、よく分かっております。己が欲するものを得て、それを守る。その為に、己の強さを鍛え続けます。この後も私の戦いをどうぞご覧になっていてください」

 リュドミラは、静かに、しかし強い意思を込めてそう告げた。

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