第23話 弑逆
続いて、リュドミラとアレクセイは、別の部屋へと赴いた。
その部屋には、国王ゲオルギイと宰相アルティーロ子爵が囚われていた。彼らは、インクレア侯爵の手の者に捕らえられていたのである。
ちなみに、近衛騎士団長ゴノス子爵は、王城を守って討ち死にしている。
リュドミラは、両手を後ろ手に縛られ床に跪くゲオルギイとアルティーロ子爵の前に立ち、ゲオルギイを見下ろした。
ゲオルギイは、リュドミラを見上げ、必死に命乞いをし始める。
「許してくれ、リュドミラ、そなたを地下牢に入れたのは私ではなく…」
「黙れ、下郎。貴様と言葉を交わすつもりはない」
リュドミラはそう言い放つ。
「いや、儂は、ッ! ゴフッ!」
なおも何かを言おうとしたゲオルギイの鳩尾を、前に進み出たアレクセイが思い切り蹴り上げる。
「黙れと言っただろう」
リュドミラはそう告げ、その意志に関わらず喋れない状態になっているゲオルギイに、一方的に自分の考えを語り始めた。
「貴様をどうやって責め、どうやって殺すか、私も考えた。だが、直ぐに止めた。厭わしかったからだ。
貴様について何かを考える事は、殺し方ですらも厭わしい。もう私は、忌まわしき貴様の為に時間を使いたくない。だから、直ぐに殺す。
どの道、貴様は服毒自殺をする事に決まっているし、な」
王都を占領した貴族たちの話し合いの結果、ゲオルギイは処刑ではなく自害という体で殺す事が決まっていた。インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯が、王殺しの名を負いたくないと考えたからだ。
リュドミラは、その“自害”の見届人としてこの場にやって来ていたのだった。
リュドミラは言葉を続ける。
「だが、その前に貴様に見せてやるものがある」
そう告げて、アレクセイに目配せを送る。
アレクセイは携帯していた大き目の袋の中から肉塊を取り出した。
ゲオルギイは驚愕し目を見開いた。そして、苦痛を押して思わず声をあげた。
「ジュ、ジュリアン……」
それは、王太子ジュリアンのボロボロの生首だった。
アレクセイが生首をゲオルギイの前に投げ捨てる。
「お、おおぉ、あぁ……」
ゲオルギイは嘆き声とも悲鳴ともとれる声をだした。
ゲオルギイもジュリアンが捕らえられ処刑されたことは当然知っていた。
だが、そのあまりにも残虐に傷つけられた亡骸を見たショックは計り知れないものだった。
そのゲオルギイの胸元をアレクセイが容赦なく蹴り上げる。
リュドミラの命に逆らって声を上げたからだ。
「ゴホッ、ゴッ、ハッ」
ゲオルギイは息を詰まらせそれ以上喋れない。しかし、愛息の亡骸から目を離すことは出来ず、その瞳からは涙が流れ出た。
リュドミラは、息子の死を嘆くゲオルギイの様子を冷めた目で見据えていた。
(他者の家族を、理不尽に、無残に殺したくせに、己の家族が殺されれば嘆き悲しむ。なんと身勝手な。
しかし、これが人間だ、人とはこのような生き物なのだ。
身内の死は悲しいが、憎い相手の死なら喜びとなる。それが当然だ。他ならぬ私自身もそうなのだから。
これもまた、伝道師様の言うありふれた真理のひとつだな)
しばしそんなことを考えていたリュドミラだったが、やがてまたゲオルギイに声をかけた。
「息子の死を嘆いている場合か? 次は貴様の番なのだぞ」
ゲオルギイは視線をリュドミラに動かす。そして、その冷たい瞳を目にして震え始めた。
息子の死骸を見て、その無残な死に様を知ったゲオルギイは死への恐怖をより強くしていた。
「今言った通り、貴様は毒で死ぬ。
だが、ただの毒では面白くないから、我が師に特別製のものを作ってもらった。まずは、その効果を試してみよう」
リュドミラの言葉を受けてアレクセイがアルティーロ子爵に歩み寄る。
そして、手にしていた荷物袋から小さな硝子瓶を取り出し、その蓋をあける。
アルティーロ子爵は先ほどから怯え切って身を縮めていたのだが、アレクセイの行動を見て必死に訴えた。
「ひ、ひぃ、ゆ、許してくれ」
アレクセイは一切頓着せず、アルティーロ子爵の顔を無理やり上に向け、硝子瓶の中に入っていた粘着性が高い透明な液体を、その口に注ぎ込む。
効果はすぐに表れた。
「ぐわあぁぁぁ!!」
アルティーロ子爵が絶叫する。
座った姿勢を保つこともできず、床に倒れ、全身を激しく動かし、のたうち回る。
その目が見る間に充血し、血の涙が流れ出す。
更に身体が肥大した。後ろ手に縛られている手などは、パンパンに膨れ上がり、縄を圧迫する。
血管が浮き出て、全身から血が滲み始める。
「ガアァァァ!」
そう叫ぶと、アルティーロ子爵は、今後はあり得ないほどの角度で海老反りになる。その胸に大きく血が滲んだ。
「ゴフッ、ゴフッ、ゴフッ」
次に激しく咳き込み始め、吐血をあたりにまき散らす。
アルティーロ子爵の苦しみは、まだまだ終わりそうになかった。
「ひいぃぃ!」
悪夢のような苦しみを続けるアルティーロ子爵を見て、ゲオルギイは思わず悲鳴を上げた。
すると、ゲオルギイの近くに戻って来ていたアレクセイが、またゲオルギイの左脇腹を蹴り上げた。悲鳴を上げた事を、喋ったと見なしたらしい。
「ぐぅ、うっ!」
ゲオルギイはくぐもった声を上げる。肋骨が2本折れていた。
アレクセイの表情は仮面でも被っているかのように全く動かない。だが、その瞳には業火の如き憎悪が宿っていた。
アレクセイは、また硝子瓶を取り出す。もちろん、ゲオルギイにも同じ毒を服用させるためだ。
ゲオルギイは首を左右に振って、必死に拒絶の意志を示したが、それが効果を上げるはずがない。まもなく毒を口腔に流し込まれた。
そして、絶叫は二重奏となった。
リュドミラは、怨敵が悶え死ぬのを黙って見ていた。
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