第22話 王城陥落

 王国軍壊滅。王太子ジュリアンは捕らえられて刑死。

 この一報は、オルシアル王国の情勢に正に決定的な影響を与えた。国王と王国政府には、最早反乱軍を制する兵力は残されていないからだ。


 まず、リシュコフ公爵軍とレマイオス伯爵軍が合流し、一体となって王都へ向かった。

 リュドミラと彼女の伯父オレグスト・レマイオスは、リュドミラが決起した直後から連絡を取り合っていた。


 だが、王都スコビアの城壁に最初に取りついたのは、リュドミラ達ではなかった。

 騎兵のみを率いて密かに王都の近くまで来ていたオルゴロード辺境伯が、反ゲオルギイの立場を明白に表明して、王都を囲んだのである。

 しかし、王城を落としたのはオルゴロード辺境伯でもなかった。ずっと王都内で様子を窺っていたインクレア侯爵が決起し、混乱する王城を占領したのだ。


 インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯は共同で王都を占領し、そして、進軍してきたリシュコフ公爵軍、レマイオス伯爵軍を友好的に迎え入れる。

 王都スコビアは、一時的にこの4軍に支配される事となり、それに異を唱える者は誰もいなかった。


 インクレア侯爵とオルゴロード辺境伯が反ゲオルギイの立場を鮮明にし、速やかにリュドミラ達と協調したのは、ゲオルギイ自身の行いとリュドミラが行った工作が大きく影響していた。

 インクレア侯爵やオルゴロード辺境伯としては、あえて劣勢となった国王ゲオルギイに味方して反乱軍を撃滅し、戦後にゲオルギイを傀儡として実権を握る。という選択肢もった。

 しかし、ゲオルギイに対する貴族たちの不信感が余りにも高まっており、ゲオルギイを奉じては国がまとまらないと判断したのである。

 いずれにしても、オルシアル王国の内乱はこれで終息した。




 インクレア侯爵、オルゴロード辺境伯と幾度か会談を行い、王都の情勢を当面安定化させることに成功したリュドミラは、アレクセイを伴って王城の一室に赴いた。

 その部屋には、王太子ジュリアンの寵愛を受けていた男爵令嬢マリアンヌ・メヴィルが捕らえられていた。


 マリアンヌは、後ろ手に縛られ跪いている。

 彼女は部屋に入って来たリュドミラを認めると、床に額を擦り付け、震えながら命乞いを始めた。

「お許しください。お許しを、私は、ジュリアン様に言われた通りに振る舞っただけなのです。リュドミラ様に害意など、本当はなかったのです。どうか、どうかお許しを」


 リュドミラは、マリアンヌを冷めた目で見た。

 リュドミラの復讐全体の中では、マリアンヌなど小者に過ぎない。だが、恨みを抱いている事に違いはない。

 そして、話し合いの結果、マリアンヌの処遇はリュドミラの思う通りに出来るようになっていた。


 リュドミラは、かつてマリアンヌに言われた言葉を思い出していた。

「恥辱の味を知れ、だったか」

 その言葉を聞き、マリアンヌの身体がビクリと大きく震えた。


(兵士たちにでも与えて、文字通り嬲り殺しにしても良いが……)

 リュドミラはそんな事を考えたが、その通りに命じる事に躊躇いを覚えた。

「ふッ」

 そして、しばらくして思わず自嘲の声を漏らした。

 自分が女として、他の女をそのような目に合わせたくないと思っている事に気付いたからだ。


(憎い敵のはずなのに、我ながらお優しい事だ。いや、弱さと言うべきなのかもしれない)

 リュドミラはまたしばし考えた。

 己の心情に従って、下劣な罰は与えずに速やかに殺すべきか。それとも、己の弱さを払拭するためにも、あえて驚くほどの暴虐を加えた上で殺すべきか。と。

 闇に生きる事を決めた自分には、後者の方がふさわしいような気もする。

 だが、結局リュドミラは前者を選択する事にした。それは、損得を計算した結論だった。


 現在リュドミラは、多くの者から哀れな被害者と見なされている。そして、被害者という立場は利用する事が出来るものだ。

 被害者の言葉は加害者の処遇に対して重きをなす事が多い。この場合い加害者とはゲオルギイ1人だけに限らず、彼に味方した王党派の貴族たちを含む。それらの者に対する処分はこれから決まることになる。そして、考えようによっては王家も加害者側だ。

 また、哀れまれて同情される事を、自身への支持につなげることも出来るだろう。


 ところが、ここでマリアンヌを残虐な方法で殺したならば、リュドミラは被害者というだけではなく加害者でもあるという事になる。少なくとも、そう思う者は現れるだろう。無抵抗の女子を嬲る行為は、相手が悪女だったとしても、やはり加害行為に他ならないからだ。

 被害者という立場を利用しようと思うなら、加害者にはなるべきではない。リュドミラはそう判断したのである。


「この女は、このまま絞首刑にしましょう」

 リュドミラはそう告げた。過度の残虐行為を与える事はしないが、無論助けるつもりはない。

 元々、メヴィル男爵自体が、王と共に悪政に加担したという理由で族滅の上お家断絶と決定している。マリアンヌだけ助ける理由はない。


 しかし、マリアンヌはその決定にも抗弁した。

「お慈悲を、何とぞ、お慈悲を」

「慈悲だと?」

 リュドミラは心外そうな様子でそう返す。

 実際リュドミラは不機嫌だった。自分がこれほど慈悲深い裁定をしてやったというのに、この愚かな女は何を考えているのだろうか? と、そう思ったのである。

 リュドミラは、ため息を一つしてから、また口を開いた。


「良いだろう、慈悲をもって、絞首刑を斬首刑に代えてやろう。出来るだけ腕が確かな処刑人をつけてやる。これ以上の我が侭は聞けないぞ」

 リュドミラは、そう告げてマリアンヌに背を向ける。


「嫌ぁ~」

 マリアンヌはそんな声を上げたが、リュドミラは最早頓着しなかった。

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