第5話 NTR

「なんだよ、これ。なんで寝取られてるんだよ。。。」


 いかにもヤンキー風の男は右手の拳をさすりながら、息をふぅっと吹きかける。虎太郎を殴ったせいか、拳に赤く血がのぼっていた。


「やぁんんっ。亮太ぁ。虎太郎ぅ。二人とも私のために争わないでぇえええええ」


 不条理な女は完璧にNTR女を演じきっている。しかし、本当にそれが様になっている。演技の範疇はんちゅうを超えて、もうそれは一つの真実であるかのように……


 真実であるかのように、はっきりとその『亮太』には映っていた。


「おいおいおいおいおいおいおいおい!!!!!なにしてくれてんだよぉおおおおおおお前ぇぇえええええええ!!!!せっかくのデートだっていうのによぉおおおぉ俺の彼女をアンアン言わせて、何いい男振って寝取ってやがるんだよおおおおお!!」



 『亮太』は再び、拳を握りしめて虎太郎のもとへダッシュした。そして、その拳は虎太郎のみぞおち深くにクリティカルヒットする。



「ぐふぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううぅぅぅぅぅうう」



 虎太郎の口からジ〇ン軍の青い機体の名前が漏れる。とても苦しそうだ。顔も真っ青になっている。



「ちくっしょおおおお!!!!いってぇなああぁぁああ!!!ひっさしぶりに人殴ったから痛いじゃあねえかよおおおおお!!!!!おい、彩香あやか



『亮太』はその不条理な女の名前をはっきりと、怒気のこもった声で発音した。



「お前もお前だろうがよぉぉおおおおおおお!!!!!なに気持ちよさそな顔して、らりってる時みたいな顔して、クソ男なんかに寝取らてるんだよおおおおおおぉぉ!!!!お前ならこんな男よぉ、かるくいなすくらい屁でもねぇだろうがよおおおおおお!!!」

「そんなこと言わないでよぅ、亮太ぁ。また今度あれしてあげるからさぁ~。それとねぇ、亮太ぁ」

「おおお、おおうぅ、おぅ。そ、それなら仕方ねぇなあああああ!!!!!」




『亮太』の視線は彩香のを聞いた途端に、彼女から離れ、再び虎太郎へと向かう。




「人間っていう生き物はねぇ、本当に醜い生き物なのよぉ。自分たちのことをだとか言っちゃってさぁ。結局そうやって考えてることなんて、だいたいは自分のためになることだけなのにねぇえええ。そういう高尚な考える力を持ってる生き物なんて、実際はこれっぽちもいないのにねぇ。人はそんな言葉たちに酔わされて、いつの間にか本当に自分たちは『高尚』でかけがえのない生き物だなんてことを深層意識に息づかせちゃってさぁああああ。言葉は魔物だよねぇ。私、思うんだぁ。こういう人たちを見てて思うことがあるんだぁああああ」



 彩香はふらっと、その汚いトイレの床から立ち上がりながら、言葉を紡いだ。



「いつか必ず言葉は、私たちを騙し、そして最後には何の未練もなく裏切るんだよぅ」



 彩香の瞳がギラギラと怪しく光った。

 トイレのアンモニア臭が急に強く鼻を刺激する。

 魂が震えた気が……

 そんな感覚を覚える。

 ただ、感覚だけが、そこにはある。



「彩香あああああぁぁぁぁ!!!!そんなどうでもいいことネチネチ言ってんじゃねぇよおおおおおおぉおおお!!!!!!俺がこいつを気の済むまでボコボコにしてる間、お前はそこでじっとしてろ」

「……はいはーい」



 亮太は抵抗の意思もないひ弱なクソ男を殴りにいく。

 そして、それを止めようとする、小町の存在。


「やめて!!!やめて!!!!!!!!!!!!!!どうしてこんなにむごいことをするの!!!!よめてよおおおおおおお!!!!!!」


 しかし、それも空しく。。。

 小町はいとも簡単に振り払われる。何度も何度も、虎太郎が何発も殴られている間に何度も止めようと入る小町は何度も何度も振り払われる。

 その繰り返し。リピート。延々と続くのではないかと思われる、その一瞬のうちに。虎太郎はその一瞬の時のなかに何を思っているのだろうか。何を考えているのだろうか。何を欲しているのだろうか。。。



「おらあああああああああああぁあああああああ!!!!!!!」



 

 そして亮太の最後のパンチが虎太郎を盛大に吹っ飛ばした。




『パッキャオォォオオォォオオォォオオォォオ!!!!!』




 本日、二度目となる爽快な打撃音。どこか爽快感さえ覚えるその威力。これは不条理以外の何物でもないだろう。


 …………


 力の前では人間は無力だ。不条理の前では人間は何も為すすべがない。

 それでも、どうして歴史を見ると人間はその不条理に立ち向かってきたのだろうか。どうして立ち向かう勇気を持てたのだうか。無理かもしれない、死ぬかもしれないと、心のどこかにある、その弱い気持ち、素直な気持ちを無視して、どうしてそこまで人間は不条理に立ち向かい続けてきたのだろうか。



 …………



 そこにあるのは、感情だ。理屈なんてものは、あとでどうにでもなる。

 人間を突き動かすのは言語化される前にある混沌とした感情だ。

 湧き上がる血潮だ。

 情熱だ。。。



 しかし、その感情を突き動かすきっかけを作るのは、ごくわずかな人間のみだ。ほとんどの人間は、時代という波に揉まれ、一時の流行り廃りに心を震わせ、感情を露わにして、そして間違いなく時代の主体になって世の中を変えていく。


 そしてまた、虎太郎も。紛れもないその人間たちのうちの一人であり……


 自分ひとりではどうしようもないのだ。


 ここに物語の主人公は存在しない。


 どこまでもリアルで、どこまでも醜い。


 たった一人の男がいる。


 ただ、それだけだ。



「もう二度とこんな真似するんじゃなぇぞおおおおおおおおおお。かぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁああああ、ぺっっ!!!!!!!!!!!!!」



 亮太は最後に痰に見せかけたただの唾を吐きつけて、去っていった。



「…………それじゃあねぇ。二人とも。とってもとっても、醜くて美しい時間を過ごすことができたわぁ。。。虎太郎くん、いや。醜男しこおくん。また私を抱きたくなったら、いつでも呼んでねぇ。ばいば~い」



 不条理は去っていった。

 何事もなかったかのように。

 静かな時が流れた。

 車のエンジン音が聞こえる。

 秋の季節外れのうぐいすの鳴き声が聞こえる。

 音しか頭のなかに入ってこない時間。



「こたろう……こたろう。こたろう……」



 小町の泣き声が聞こえる。

 


「こたろう……ねぇ。どうしてこんなことになってしまったの。ねぇ……。どうして」




 見るも無惨な姿になった虎太郎。

 しかし……

 そんな姿を気にする人なんて、気に掛ける人なんて、この世の中にたった一人だけだ。小町だけだ。



 …………



 誰も気にしない。世の中の誰も気に留めない。いや気づきえない。そんな二人の不条理に屈した瞬間が、こうしてまた、静かに世の中の過去に流れていく。



 意味もなく流れていった。。。




「ほー。。。。ほけきょっ」



【次は最終回です】

____________________


 更新しました。よろしくお願いいたします。

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