第4話 不条理
10月27日
正午過ぎ
「しごいてればいいんだよぉおおおおおおおお、
突如現れた、その不条理な存在。
その存在から罵詈雑言を浴びせられた虎太郎。
これほどまでに、言葉の暴力を感じたことはない。
今まで触れてきた言葉が全て死んでいたのかと思うほどに。
小説を読んでいるとき、漫画を読んでいるとき、ドラマを見ているとき、洋画を見ているとき、その全てにおいて宝物にしてきた言葉たちが、急に色を失い、価値のないものだと錯覚してしまえるほどに。
彼女から発せられる言葉には、残虐、無慈悲、辛辣、変態……あらゆる負の感情が込められていた。
「今まで思うがままに、こうしてカップルの間に入っては、いろいろと楽しんで気持ちよくなっていたけどなぁあああああ!!! お前みたいなやつは初めてだよぉおおお!!!」
パッと虎太郎の胸ぐらから手が離される。
私服の胸元がしわしわに伸びて、もう一張羅ではなくなってしまった。
高校生のなけなしの金で買った大切な服が、駄目になってしまった。
しかし、今の虎太郎にはそんなこと、どうだっていい。
そんなこと、考える余裕もない。
いや、考えるという行為がままならない。
「お前みたいなクソムシを見てるとなぁぁぁあああああああああ!!! 血が滾ってくるんだよ。真っ赤な血が体全身を全力で駆け巡ってるのが分かるんだよ。熱いんだよ、疼くんだよぉおおおおおおお!!!!!!」
変態を理解しようとすると、変態にならないといけない。
虎太郎は思春期という時期相応に、変態であった。
高校生の、あのどこまでも青く、抑えきれない性欲にただただ従順であった。それと同時にどこまでも臆病であった。所在ない罪悪感に正直であった。
しかし、虎太郎の変態と彼女の変態は次元が違う。数段階も違う。
一般相対性理論ほどの斬新な切り口で事象を理解しようと試みるほどでなければ、彼女の変態を理解することはできない。
不条理はそういうものだ。理解できないから、不条理なのだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!もう我慢してやんないっぃぃぃいいいいい!!!もう抑えられない!!!!お前のその怯えた表情を通り越して感情を失ったその無気力な顔!!!心のなかにぽっかりと穴が空いてしまって、もうお前の彼女どころじゃなくなってしまった、お前のその無責任な放心!!!!!全部全部、私の大好物なんだよぉぉおおおおおお!!!お前は今までで一番のクソクソクソクソ……」
彼女が虎太郎の仰向けになった体に馬乗りになる。
顔と顔が近づく。
そして、間近で彼女は大きな快感に歪んだ顔で……
「最高に滾る、クソ男だよぅ」
そう呟いた。
少しの静寂。
小町のすすり泣く音。
鼻をツンとさす、トイレの匂い。
そして、不条理な彼女は虎太郎の唇を豪快に奪った。
「じゅろろろろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
ディープキスを通り越して、もうそれはバキュームキスだった。
文字通り、真空に近い低圧が発生している。吸い込みが発生している。
虎太郎は我に返り、声を上げる。
「や、やめえええろぉおおおおおおおお!!!!!!!」
「あはははは、やめてほしいんだ!!!!彼女の気持ちも理解できないようなお前が!!!そんなこと言うんだ!!!!クソクソクソ!!!!」
「ああああっぶぶぶぶぶぶぉおおおあああ……」
「彼女を助ける前に自分の醜い気持ちを優先してた、お前が!!!!!そんなこと言えるんだ!!!!あははははははははははははははははははは!!!!!!!」
この情景を見ている人がいたら、この瞬間をなんと形容するだろうか。
異様
異常
異質
惨状
絶景
不純
絶望
地獄
おそらく、そこには言外の感情が湧き上がるのだと思う。言葉で表すだけでは、まだ足りない、むごたらしさ。あるいは……
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
そんなとき。
意外なことにも、虎太郎は力を振り絞っって、その不条理な彼女を突き返したのだ。
そして今度は逆に彼女に馬乗りになる虎太郎。
「……あれぇ。私、クソ男にこんなことされてる。ヘドが出るほどにどうしようもない、お前に馬乗りされてる。えっ……なにこれぇぇぇええええ!!!!超興奮するんですけどおおお、ああああああんんんんんんんっ!!!!きてきてきて!!!!もっと!!!!!!あああああああぁぁぁぁあああああ!!!!!!!!!!」
もう何が何だか。
めちゃくちゃだ。
もう収拾がつかない。
どこにこの結末の終着点があるのか、わからない。
どうするのが、正解なんだ。
何を求めて体は動いているんだ。
何のために生きてるんだ。。。。。
『しゅっしゅっしゅっしゅっ』
そんなときに。
そとから、靴の擦れる音が聞こえてきた。
誰かが近づいてきている。
「おいおい、おせーーーーぞ。いつになったら、出てくるんだよ、
そう言って、この広い空間に一人の男が入ってきた。
虎太郎と目が合う。
「あれ、お前だれ?」
「……………………」
「どーして、俺の女、押し倒してんだ?トイレの床に?」
「……………………」
男が近づいてくる。
右手がぎゅっと強く握りしめられている。
「あ、
女の完璧に作られた声が、トイレの空間にこだまする。
なんだ、これは。
なんなんだ、一体。
どうなってるんだ。
「……俺の女、寝取りやがったな」
不条理。
これほどまでに完璧な不条理を虎太郎は見たことがないかもしれない。
いや……違う。
この世には似たような不条理なんて、山程ある。
程度の差こそあれ……
この世は不条理だらけだ。
理解できないこと、だらけだ。
「おらあああああああああああああああああああ!!!!!!」
拳が虎太郎の顔面を捉え、そして……
『パッキャォオオオオオ!!!!!』
凄まじい音を立てて、虎太郎は吹っ飛ばされた。
盛大に吹っ飛ばされたんだ。。。
「こ、こたろう!!!!!!!!!!!!!!」
小町の声が張り裂けんばかりに響き渡った。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
―――――――しかし、何故こんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事も我々には判わからぬ。理由も分らずに押付けられたものを大人しく受取って、理由も分らずに生きて行くのが、我々生きもののさだめだ。―――――――― 中島敦『山月記』より抜粋
【続く】
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