第2話 NTR
10月27日
昼前
虎太郎と小町は、生まれた土地を踏みしめる。
二人は歩き続けていた。
まだ舗装されていない土の道。
川沿いの堤防から見下ろす、水流。
時折きらきらと光る魚の影。
川の
見慣れた光景。
触れ続けてきた草の香り、頬を撫でる涼やかな秋風。
風のとおり道が見える、広大な平地。
小町はそんな、日常的すぎる日常を虎太郎と一緒に過ごし、そして幸せを感じる。
今までのこと、これまでのことを話すよりも、沈黙のほうが多かった。
それでも感じるこの心地良さは、きっと二人が築き上げてきた財産なのだろう。おそらく、そうだろう。
それとまた、この田舎のせいでもあるのだろう……
高校2年生の秋。
住み慣れた田舎に哀愁が漂い始める時期。
「虎太郎は勉強の方は頑張ってる?」
「ん~。ぼちぼちかな」
「そっか、私もそんなところ。ぼちぼちやってこうかなって」
「それでいいと思う。勉強なんて、そんなもんで、いいと思う」
虎太郎は目の前にあった、石ころを軽く蹴っ飛ばした。小学生よりは控えめに。
沈黙。
結果、石ころはまっすぐに転がっていき、小町の足元がそれに追いついた。
そして石ころは、小町に気づかれながら、スルーされる。
小町が口を開いた。
「あはは、なんか含みのある言い方~。虎太郎は勉強が大嫌いだもんね~」
「違う。俺はむしろ勉強が大好きだ。でも現代の勉強は嫌いだ。目的が平凡な勉強は嫌いだ。みんな口を揃って受験、受験。もうすでに、勉強という言葉の意味は、くだらない目的のために、その意味を固定されてしまった」
虎太郎が語る顔を、小町はずっと愛おしそうに見つめる。
まるで、赤子を見るかのように。
愛している。
「でもさ~。虎太郎は、その御大層な勉強の目的というものを、はっきりと自覚できているのかな?」
「……それは、まだわからない。でも、みんなはまだ、その分からないという領域に達していない。みんなは、ただ時代の定めた目的に隷属しているだけだ。だから俺のほうがまだ偉い」
「……虎太郎はかわいいね」
「なんだよ、それ」
虎太郎は、やっと、小町のほうを向き、顔をあわせる。
小町の少し紅潮した頬が目につく。
今日は思いの外、寒いみたいだ。
「虎太郎は自分なりに悩んでいるんだね、この広大であるからこそ、廃れゆく景色のなかで。心がぎゅっと締め付けられてしまうような、そんな田舎のなかで」
「……別に悩んでなんか、いない」
「田舎は嫌い?この場所はきらい?」
「大嫌いだ」
「どうして……?」
「ここは俺の勉強にとって、不十分すぎるからだ。本の数も環境も、なにもかも。人も……」
「……悲しいこと言ってくれるね」
小町は視線を前に戻した。
虎太郎たちは、しばらくの間、沈黙した。
今までの沈黙とは、どこか違う。
眼の前には、広大な平地を塞ぐようにそびえる、一つの大きな山が近づいてきていた。標高は600mほど。この町で一番大きな山。
「お昼は、あの山の麓のベンチに座って、食べようか」
「ああ、そうだな」
「今日は私がおにぎりと、ちょっとしたおかず作ってきたから」
「ありがと」
「それで、午後はあの山、久しぶりに登らない?」
「小町、でもお前。その服装で登れるのか?」
「大丈夫、大丈夫。田舎の女、舐めないでよね。靴はちゃんと、お洒落な厚底のランニングシューズ履いてきたから」
「そうか……。でもいいのか、せっかくのデート……」
「いいのいいの。私たちに都会のデート幻想、押し付けてくるやつなんて、ぶっ飛ばしてやるんだから。私はすね毛ボーボー、半ズボン男子でもウェルカムだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「あはは、なんだそれ。今日初めて吠えたな、小町」
「吠える私も魅力的でしょ?」
「いや、小町はいつも魅力的だよ」
「…………なんか、虎太郎のビジュで言われても、なんにもしまらないセリフNO.1な気がする」
小町が呆れたような、嬉しそうな、よく分からない顔で、そう呟いた。
「なんか……心にきた」
「あはははははははははははははっは。虎太郎の心はやっぱり、繊細だな。いつまでも、その心、忘れないでほしいよ」
「その心、笑ってるね?」
「あははははは……は……。それじゃあ、虎太郎、先にベンチ座ってて。ちょっとトイレ行ってくるから。はい、これお弁当」
「…………いってらっしゃい」
虎太郎は小町から、弁当の入った入れ物を受け取り、先に山の麓にあるベンチへ向かった。
今から登ろうとしている山は、それなりに大きいので、立派な駐車場と、公衆トイレが麓に設置されている。
しかし、相変わらずの閑散とした光景。駐車場には健康意識の高いご老人の軽自動車がぽつぽつと停まっているだけ。
アスファルトのひび割れは放置され、パーキングブロックは転けたまま。公衆トイレもかなりの匂いを放っていたことを、以前訪れたときに経験済み。
人口減少、観光客減少、物価高、設備放置。
この町は、確実に急坂を下っている。
ころころと、重力のような何か、抗えない引力に従って、着実に底につくために転がり続けている。
「俺は……、こんな。こんな町が嫌いだ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「あれ、おかしいな……小町のやつ。もう15分くらい経ってるのに」
虎太郎のいるベンチは、公衆トイレからはかなり離れた位置にある。
さすがに遅いと思った虎太郎は、何か不測の事態でもあったのかと少し心配になって、立ち上がる。
「もしかしたら、トイレのなかで倒れてたりしないか……。ああ、もう。何やってんだよ、小町のやつ」
虎太郎は弁当をベンチの上において、駆け出した。
なにか胸騒ぎがする。
ドクドクと心臓が急激にはやく鼓動を始める。
冷や汗が、秋の涼しい風にあたって、とても気持ちが悪い。
悪寒がはしる。
「小町、小町……」
公衆トイレが見え始めた。
虎太郎は走りながら、大声で声を張り上げる。
周りに人はいない。
何のためらいもなく声を出せる。
「小町!!!!!!!!!!!!!」
公衆トイレの建物の前まできた。
「小町!!!!!大丈夫か!!!!!」
返事がない。
当たり前か。
もし、普通にトイレをしているだけだとしたら、外から大声を張り上げる彼氏に快く返事をする彼女は、そうそういないだろう。
L◯NEにメッセージはすでに入れてある。しかし、そちらには既読も返事もなにもない。。
心臓がはち切れそうだ。気持ち悪い。気持ち悪い負の感情が虎太郎を支配していく。
つかの間の静寂。
しかし、その静寂が。
はっきりと、その『音』を際立たせた。
『ああああっ!!!やめっ!!!!やめてください!!!!!!こ、虎太郎!!!た、助けえええあああああ!!!!!』
公衆トイレのなかから。はっきりと聞こえてくる、その叫び声。
それは、小町のものだった。
そして、もうひとりの声が、それよりも小さく、そして淫らに聞こえてきた。
『いい形、いい声。いいお顔。そして、いい匂い。全てが私の好みです。田舎も捨てたもんじゃありませんねぇ。こんなことをしても、そうそうバレませんし。この田舎という魔境では』
女だ。
女の声だ。
若くて、淫らで、危険性をはらむ、女の声だ。
虎太郎は、もう躊躇わなかった。はっきりと声の居場所を特定できたからだ。
かすかに開く、男女共有の赤ちゃんのお世話もできるような、広めの空間へ。
虎太郎は飛び込んでいった。
「小町!!!!!!!!!!!!!!!!!」
虎太郎は息を飲んだ。
眼の前に広がっている光景を見て。
その、異質であり、非日常な光景を見てしまい……
「あら……クソ男」
小町の服は乱れ、胸ははだけ、白い肌には紅が差し、かなりの興奮状態にあった。
トイレの床におちる、ショーツ。
すらっと伸びた白く長い足が4本。
それが、複雑に絡み合い。
交わっていた。
「なんだ、これ……。なんなんだ、これ」
不測の事態。
しかし、その事態があまりにも想像していたものと違い、虎太郎は言葉を失っていた。
不測の事態、その相場というものに、いつの間にか囚われていた、虎太郎は……
「虎太郎!!!!!!!!」
「見ての通りよぉ。わたしと、この子で女の子同士でしかできないこと、してるのよぅ」
「虎太郎!!!!!!!!!!!」
虎太郎は、目の前にいる異人を見つめる。虎太郎の知らない、知り得なかった存在を見つめる。
まっすぐに伸びた黒髪。澄んだ黒い瞳。大人びた私服。大きく張り出した胸。強調される谷間。むちっとしたお尻。全てが大人で、全てが官能。
だが、至って普通の大人なのだ。どこにでもいる、普通の女性。
そんな、やつが。
そんな、女性が。
…………
俺の彼女を寝取っていた。
「あら、このクソ男、あなたの彼氏さんだったのかしら。あら、やだ。フリーズしちゃってるわぁ。あら、やだ。やっぱり、見た目通り、なんにもできない、クソ男」
NTR
それは唐突にやってくる。
虎太郎と小町のことなんて、少しも考えずに。
不条理に、不合理に。
あまりにも、動物的に。
今までの日々を壊してしまうんだ。
【続く】
_________
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