伍ノ巻 宝の灰は花を咲かせる
「桃太郎さんのバーカ」
「まだ拗ねてんのか?」
「だって楽しそうだったー。私仲間外れにされたー。ろーか寒かったー」
「俺らも寝てただけだし最後のは全く俺のせいじゃねえ」
「まあまあ。シロさん、寒かっただろう。これを飲んであたたまりなさい」
翁が湯気の立った味噌汁を運んできた。それをシロは夢中でこくこく飲んで、あっという間に空にする。
「おいしかったー! ねえ、まだある?」
「勿論だとも。桃太郎さんも、一緒に食べていきなさい」
「ありがとうございます」
桃太郎とシロは食事をいただいたあと身支度をして隣の家に様子を見に行き、無事な家財道具を運び出すのを手伝った。とはいっても家の中のものはほとんど焼けてしまっていて、何も残っていなかったのだが。
「結局火元はわからずじまいか」
桃太郎は台所だった場所を念入りに調べていたが、最も火が出る可能性が高いその場所は、意外にも黒焦げとまではいっていなかった。反対に、最も焦げていたのは縁側の近くの襖のあたりだ。神経質そうな爺がそんなところに火事の原因になりそうなものを置くわけがなく、いくら検証しても火事の原因は謎のままだ。
「誰かが火をつけた可能性もあるかもしれないな」
「えー。でも、私たちいたじゃないですか。誰もいなかったですよ?」
「それはそうだが……」
「いいんだ。きっと天が儂に、一からやり直せと言っているんだろう」
爺は寂しそうにそう言って、畑の方へと歩いて行った。いつの間にかその腕に小さな壺を抱えている。桃太郎とシロが何気なくついて行くと、爺はあの枯れ木の下で立ち止まった。
「それを埋めるのかい?」
枯れ木の下で待っていた翁は、鋤を持っていた。頷いた爺が大切そうに抱えている壺の中身を、桃太郎とシロはのぞいてみる。
「灰?」
「なんですか、これ?」
「儂の「宝」だ」
爺は壺に手を入れた。彼の皺だらけの指の間から灰が零れ、陶器の欠片が手のひらに残った。それが昨日爺が大切そうに抱えていた湯飲みの欠片だとわかり、二人は残念そうに眉を下げる。
「食器以外にも色々あったのに……」
「残念でしたね」
「いいや。こうして思い出すことが出来ただけで、儂はもう充分だよ」
爺は再び灰を掬った。ぶわりと一瞬の強風が灰を攫っていき、四人はそれぞれ固く目を閉じる。
「うわ」
「儂の灰が」
「目に入ってないかい?」
「だいじょぶです」
風はそれきり吹かなかった。おそるおそる目を開けた四人は、今度は信じられないものを前に固まった。
――色の無い世界に突如現れた薄桃色。先程まで枯れ木だったその枝には無数の小さな花が咲き、あたたかな春の陽気を心地よく受けて揺らいでいる。
「きれい……」
思わず零れたシロの言葉に、全員が頷いた。しかしそれ以上の感想を口にする者はいない。目の前の光景の美しさは、どんな言葉を使っても表すことは出来ないだろう。
「……やり直せるだろうか」
少し時間が経ってから、隣の爺がぽつりと言った。思い出の灰が美しい花を咲かせたように、自分も変わることができるのだろうか。それを聞いて、桃太郎は頷いた。あたたかな視線を壺の中の灰に向けて、爺の背中にそっと手を置く。
「
爺は頷いて、灰をひと掬い畑に撒いた。偶然ではなく自らの意志で撒かれた灰が地面に届いた途端、畑に芽が出て蔓が伸びる。隣の畑も、反対隣りも、少し向こうの土色の道も、今までの荒れた畑が嘘のように、そこは緑豊かで長閑な集落に変わっていくのだった――
◇
「『花咲か爺』って、あのお爺さんの事だったんですね」
昼過ぎ。翁や爺と別れて次の目的地に向かって足を進める桃太郎の隣で、
「枯れ木に花が咲くとはな」
「それもびっくりですけど、これもですよ」
シロは
「失くす前に返せ」
「あ。ちょっと、それ私の」
「いつお前のものになった」
「だって気になるんだもん!」
取り上げられた
出会ったばかりにしては仲がよさそうに歩く二人。その前方遠くから仰々しい大行列が来るのが見え、二人は端によけて道を開けた。
「失礼。ひとつ聞きたいのだが」
先頭を歩いていた侍のひとりが、小走りで近づいてきた。桃太郎は気持ち伏せていた顔を上げて答える。
「はい」
「此処らは先日まで緑がひとつも無かったはずだが、何があったのだろうか」
桃太郎は彼に昨日の出来事を伝えた。灰になった宝が起こした奇跡の話を侍は感心したように聞き入り、礼を言って行列に戻っていく。
「……はなさかじじいは、えぇと……」
「御前様に気に入られ、多額の褒賞をもらう。そう書いてある」
「めでたしめでたし、ですね」
大名行列を最後まで見送ったあと、読み書きが苦手な癖に
誰から見ても
そしてそれを、仇のように睨む視線が後方にひとつ。
(桃太郎、か。余計な事をする奴がいるものだ)
男は陣羽織の裾を握る手に力を籠め、蒼玉の瞳の奥に静かな闘志を燃やしながら二人に密かに着いて行く。しかし不思議とその男の姿に目を留める者は、誰一人としていないのだった。
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