第11話 事件の発覚

 


それから僕らは、三日ほど爪に火を点すように暮らした。荒事の報酬は、もう少し先に入るらしい。いよいよ現金が枯渇し、困った所で、夕太郎の知り合いの何でも屋で、引っ越し作業をさせてもらった。


「あぁ~、疲れた。今日は、もうジム行けない」

 アパートの前まで送って貰い、夕太郎がその場にヤンキー座りでしゃがみ込んだ。

一日着ていた夕太郎のTシャツは、濡れて肌に張り付いている。疲れた、と言った割には表情も明るく元気そうだ。


「うわっ、見て、理斗。俺、むっちゃ乳首透けてる」

 夕太郎が、立ち上がり胸を張って乳首を突き出した。僕は天を仰いで目を瞑った。

 作業した引っ越し先は、まさかのエレベーターなしの団地の四階だった。僕は、はじめての肉体労働で精も根も尽きていた。流石、鍛え方が違う。夕太郎は、まだまだ元気そうだ。何だかんだで、凄く重いものは壊しても大変だからと、夕太郎とベテランの友人さんが運んで、僕は細かい段ボールばっかりだったのに。

「……」


 僕は夕太郎を無視して、くるりとアパートの方を向いた。そして、駐車場に視線が行った。何だか違和感があって、動きが止まる。

「どしたのぉ? 理斗ちゃん疲れちゃったの?」

 夕太郎が、後ろから僕の腰に抱きついた。暑い。でも、今はそれよりも。


「ト、トラック、軽トラック無くなってる」

 いつも駐車している場所に、軽トラックが見当たらず、そこには白い大きめのワゴン車がとまっていた。横には『介護福祉タクシー メイドのみやげ(福祉輸送車両)』とプリントされている。


「おお! やっと来た」

 飛び上がった夕太郎は、車に駆け寄ってジロジロと眺めた。そして、車に貼ってあった紙を剥がした。紙には、明後日の早朝取りに来る、と書かれている。

「何なんですか?」

「これ、親父に頼んで手配して貰ったんだ」

「介護タクシー始めるんですか?」

「まさか!」

 夕太郎が、剥がした紙をクシャクシャにして僕に渡した。

「理斗の為に頼んだんだよ」

「は?」

「まぁいいや、とりあえず後で説明するわ」

 言い終わらないうちに、夕太郎が走り出したので、慌てて追いかけた。


「ちょっと!」

 走り出した夕太郎は、アパートの階段を上らず、下の階の一○二号室のドアをゴンゴン叩いた。

「な、何してるんですか⁉」

「おーい、せっちゃん! 明日昼頃に迎えに来るから、準備しててよ! ちょっと手伝って欲しい事あんの!」

 ドアに向かって叫んだ夕太郎は、そのままスタスタ歩き出し、階段へ向かった。困惑する僕の耳に、中から「知るもんか!」と、しゃがれた女性の声が聞こえた。「理斗、はやく」上からは夕太郎の声がする。訳が分からない。

「あっ、あ、うん!」

 僕も逃げるように階段を駆け上がった。そして、部屋に入ると、夕太郎が、テーブルの前で白いポロシャツを広げていた。胸元には、介護サービス メイドのみやげ、とプリントされている。

「なんなんですか? それも、車も」

 僕は、靴を脱いで、部屋に入り、もう一枚置かれているポロシャツを手に取った。


「変装グッツだよ。理斗の住んでいたお家に行ってみたいでしょ」

「っ⁉」

 Tシャツを置いてウィンクをした夕太郎が、スマホを取り出した。「見て」と言って映し出した画面には、東京郊外、廃工場の駐車場で、身元不明の男性の遺体が見つかったと、記事になっていた。


「あっ……」

 僕は、さーっと血の気が引いて、ダイニングの椅子に崩れ落ちるように座った。余りにも普通の生活してたから……びっくりした。忘れてたわけじゃないけど、無意識に忘れよう、忘れようとしてた。忘れたって無かったことにはならないのに。一気に鼓動が走りだした。呼吸が浅く、息苦しくなって胸元をギュッと握った。


「俺は別に理斗が殺人犯でも良いんだけど、捕まっちゃうのは困るじゃん。だから、まったく何も思い出せないのも、対策が立てられないじゃん? ちょっと過去を探りに行くのどう?」

 夕太郎の問いに、俯いたまま頷いた。思い出さないと。自分が何をしたのか、一緒に居た人はどうなったのか。


「で、何処に住んでたの?」

 夕太郎が地図アプリを開いた。場所を確認し、明日の昼頃に見に行くことになった。


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