第6話 突撃! ラブホテル24時

 


 車は、都心の繁華街に入った。朝のこの街には、人はまばらで、所どころに夜の名残が見受けられた。細い通りに入ると、酔い潰れて眠っている人間が倒れている。

 九月に入ったとはいえ、まだまだ真夏のように暑い日が多い、あと少しすれば寝ていられなくて目を覚ますだろう。


 僕らを乗せた軽トラックが、建物の駐車場に入ろうとしている。

 なぜか駐車場の入り口には、緑色のビラビラしたカーテンが掛かっている。看板には、HOTELと書かれている。

 創業から四十年余り経った、ラブホテルだそうだ。外から見て古いビジネスホテルとの違いはあまりない。ソワソワする僕に夕太郎が楽しそうに語ってくれた。


「この辺は、郊外にあるような凝った外観のラブホテルとは違って、面白いとこ無いんだよね。今度一緒に行く? 遊園地みたいなのとか、監獄みたいなのとか」

「い、行きません!」

「えー、アブノーマルも楽しいよ」

「……」


 駐車場内に入ると、治安の悪そうな中年男性が二人、車をとめるように立っていた。柄シャツに金のネックレスを付けている。

 一人は眼鏡の小さい男で、もう一人は、スキンヘッドの巨漢だ。一体何が始まるんだろう。

 僕は、今までの人生で、関わることの無かった場所や、人間を前にして、ドキドキと鼓動が走り出した。昨日の出来事といい、今といい、思いも寄らない事ばかりで、目が回りそうだった。


「理斗、降りるよ」

 夕太郎は、一番手近な場所に軽トラックを停車させて、運転席をおりた。

「僕もですか⁉」

 車の前で、待っている柄シャツの中年男たちに、ジロジロと視線を送られて、僕は完全にビビっていた。降りたくない、近づきたくない。そう思っている間に、荷台から降りた坊主さんが、横を歩いて行った。


「うーん、このオジさん達とお留守番でも良いけど、どうする?」

 フロントガラス越しの夕太郎が、右に立つ眼鏡の柄シャツ男の肩を叩いた。


「このガキ、夕太郎さんの新しいツレっすか?」

 眼鏡の男は、親と子ほど年齢の違う夕太郎に対し、低姿勢だった。顎を突き出すように顔を揺らして、僕の方を見ている。カマキリの動きにちょっと似ている。


「そうそう。新しい養い主さんだから、失礼の無いようにね」

「今回はまた、随分若いっすね」

「こう見えて、もう一人殺ってるから」

夕太郎⁉ な、なんて事を! 僕は心臓が止まるかと思った。

「そうなんっすか? お前と一緒じゃねーか」

 眼鏡の男が、隣のスキンヘッドの腕を肘でつくと、スキンヘッドは「勘弁して下さいよ、俺は相打ちみたいなもんすよ、腎臓と肺一個もってかれたんで」と笑った。

 相打ちってなに⁉ というか否定しないの?

 怖すぎる。僕も殺人犯かもしれないけど、でも絶対に故意じゃ無いと思うし……結果同じかもしれないけど。


「まっ待って、僕も行きます!」

 このままでは、この男たちと取り残されると思うと、怖すぎた。

 僕は助手席から飛び出して、夕太郎の後ろに駆け寄った。横には荷台の坊主さんが立っている。夕太郎よりも、もっと肉厚的なアメコミのヒーロー体型をしている。男の顔を見てモアイ像を思い出した。


「一緒に行くの?」

「はい!」

 置いて行かないで、とばかりに夕太郎のツナギの肩部分を掴んだ。

「じゃあ、行こうか。で、何号室なの?」

「四○一号室です。外に二人、中に二人居て、店の女が一人連れ込まれてます」

「誰、誰?」

「サヤカです」

「あー、女の子を見る目はある」

 うんうんと頷く夕太郎に、眼鏡の男は鍵を渡した。

 鍵には『HOTEL ほ~るインラン』と書かれた、四角い棒状のアクリルキーホルダーが付いている。


「最近、この辺で勝手やってる、野良能力者の半グレの奴らです。閉店間際に来て騒ぎまくって、金も払わずに、店のボーイと乱闘して、サヤカを拉致して此処に」

「へぇ~、ろくでなしじゃん。ねー理斗」

 夕太郎が同意を求めるように、僕の顔を見て小首を傾げた。

「えっ、あっ、そうですね」

 僕は、目の前で展開される、漫画のような不穏な話に、口がポカーンと開いていた。

 目の前に立つ治安の悪い二人は、警察に指定された、団体の構成員っぽい。昨今の世の中、団体のメンバーは、一般人に手を出すと、色々と面倒な事になるらしい。そのために、団体のトップと同じ釜の飯を食べた親父さんが、夕太郎と、金が欲しい仕事仲間を制裁に寄越したのが、今回のお使いの目的だと教えられた。


「俺って軽薄で情けない男に見られがちだけど、本当は身体能力抜群で、格闘技全般いけるんだよ。格好いいでしょ」

 夕太郎は、へへへと頭を掻いて笑った。その様子は強そうには見えないけれど、体はがっしり鍛えられている。


「夕太郎さんは、ムエタイに、ボクシング、テコンドーのジムに勝手に通ってるんっすよね。いつの間にか入り混む天才ですよね。会員になるわけでもなく通っているのに追い出されない所か、ジムのアイドルになるとか流石っす」

「褒めないでよ、照れる」

「……」

 夕太郎は、僕が今まで見たことも無い種類の人だと改めて感じる。夕太郎といると自分が酷くつまらない人間のようにすら思える。


「ここ都心だし、相手が能力使ったら、どのくらいで特能の警察来る?」

 人と異なる特殊な能力を、勝手に使用すると、能力を感知する者によって場所を特定されて、警察の特殊能力対策班がやってくる。

 能力を感知する人間から、近ければ近いほど些細な力でも察知され、力が大きければ、大きいほど遠くからでも見つかる。その為、田舎で些細な力しかない人間は、自分でも気がつかないうちに生涯を終える事も有るのだとか。


「通常なら三十分は掛かります。ただ、最近はアイツら出入りが多いみたいで、早い可能性もあるので軽トラは移動しておきます。防犯カメラも全部停止中です。裏口から出て、その坊ちゃんと素知らぬ顔していれば大丈夫じゃないですか」

「ラブホから出てくる、美青年と美少年。お姉さんたちの感心買っちゃいそうだよね」

「は?」

「エレベーターきました」

 スキンヘッドの男が、開いたエレベーターのボタンを押している。モアイ顔の坊主が乗り込んだ。彼一人だけで、エレベーターの中は圧迫感がある。


「じゃあ、突撃、ラブホ二十四時」

 僕の肩を抱いて、夕太郎が右手を挙げてエレベーターに乗り込んだ。

「あれ、ちょっと、僕、やっぱり」

 まさか、そんな恐ろしい現場に行くと思わなかったので、一緒に行くと言ってしまった。慌てて夕太郎の腕を振りほどこうとしたけれど、エレベーターの扉が目の前で閉まった。

「ゆ、夕太郎! 僕、そんな所に行くなんて聞いてない!」

「もう、理斗。もっと心臓に毛を生やさないと、殺人容疑の逃亡なんて出来ないよ。大丈夫、大丈夫、俺、腕っ節には自信あるから。これでお金が、どっと入ってくるから、暫く働かないで済むよ。俺、ヒモなのに偉いでしょ、褒めて褒めて」

 僕の手を取った夕太郎が、自分の金髪の頭を撫でた。夕太郎の髪は意外とフワフワしている。

「な、ぼ、僕が、もっと真面目に平和に働くよ!」

「金は金でしょ。なんか、生クリームどっちゃりしたパンケーキつーの? 食べに行こうよ」

「つくぞ」

 僕らが話していると、エレベーターが止まり、モアイ坊主さんが、パネル側の壁に背中を付けた。

 僕は、夕太郎に反対側の壁に追いやられて、壁に囲うように顔を近づけられた。


「あぁ、興奮してきちゃったよ。理斗は大人しく付いておいで」と夕太郎が、僕の耳に唇を当てて囁いたので、僕の背中がゾクゾクと妖しく震えた。

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