第10話 奏多、友達と飯を食う

 約束の時間に間に合った俺は、高橋と豪華な個室居酒屋へ来ていた。


「あははっ! マジウケるわ~!」


 高らかに笑うこいつは高橋蓮。

 十年以上前からの幼馴染。俺と同じ日に試験を受け、無事Aランクに認定された。

 いわば勝ち組というやつだ。


「見ろよ! お前のこの顔……あはははは!!」


 先ほどの芽衣とのお姫様抱っこのツーショットが既にSNSで出回っているらしく、それを見て高橋は馬鹿みたいに笑っている。


「殴っていいか?」

「あー悪い悪い! まぁいいじゃねーかよ。バズったんだし!」

「まったく、俺の気もしらないで……」


 俺は呆れながらも唐揚げに手を付ける。

 美味い。


「それにしても、ずいぶん波乱万丈な1日だったな~。今回の伊原本部長の件で、またお前のことが話題になってたぞ」


 高橋はビールの入ったジョッキを手に取りながらスマホを見せてくる。

 

 そこには


『伊原本部長の娘。超絶美人!』

『雅さんの弟子!名前は奏多』

『上野ダンジョンを無事踏破! そして伊原芽衣を救出』

『カナタ三分クッキング、料理評論家が挙って高評価!』

『伊原本部長の娘をお姫様抱っこ! 熱愛か!』


 上野のダンジョンのニュースがでかでかと書かれていた。

 そこには芽衣に関する記事もあり、申し訳ない気持ちになる。とてつもなく目が痛い。


「ごめんな。芽衣」


 俺は、何もない空間に向かって謝罪した。


「そういえば、このニュースに書いてあるけど、伊原部長の娘さんとはどういう関係なんだ?」


 高橋がニヤニヤと聞いてくる。


「別に、今日会っただけだし何もないよ」

「何度もお姫様抱っこしたみたいだけど、本当に何もないわけ?」

「あるわけないだろ」

「ジト……」


 高橋はジト目で俺を見据える。

 別に隠してることなんてないけど、一応言っておくか。


「連絡先を交換したぐらいかな……」

「はっ!? マジっ?」


 グッと身を乗り出す高橋。とりあえず、キスの件は隠しておく……。


「そういうことは早く言えよ! お前それは脈ありじゃねーかよ!」


 急にテンションが上がる高橋を他所に俺はちまちまとビールを流し込む。


「別にお礼がしたいから連絡先を交換しただけだよ。それ以外には何もない」

「お前鈍感すぎだろ。雅さんに女の子の気持ちを理解する術は教わらなかったのかよ」

「んなの教わる訳ねーだろ!」


 それに、Dランクで底辺中の底辺である俺のことを好きになるはずがないし。

 すでに彼氏がいる可能性だってある。


「せっかくだしこっちから連絡しろよ! 絶対喜ぶぞ」


 高橋は不敵な笑みを浮かべる。


「やめておくよ、ダンジョンに潜って疲れてるだろうし」

「ちぇ、つまんねーの」


 頭の後ろで腕を組みつまんなそうな表情を浮かべる。

 すると、そーだ! と、何かを思い出したかのように高橋が再び口を開いた。


「そういうえば、お前の収益化っていつになるんだ?」

「いま申請してるところ。来月には振り込まれる予定」

「来月か~。ずいぶん長いな~」

「それまではクエストをこなしてちまちま稼ぐよ」

「Dランクが受けられるクエストなんてたかが知れてるだろ? お前どうすんの?」


 基本的に自分のランク以外のクエストを受けることはできない。

 例えばAランクの探検家が、Sランクの依頼を受けられない。緊急事態などの例外を除いてだけど。

 だけどAランク以下のクエストは受けることが可能になっている。

 つまり高ランク帯になればなるほどクエストは受け放題というわけだ。


「つくづく低ランク帯に厳しいシステムだよな」


 俺はため息を吐きながらビールを流し込む。

 今度伊原さんにお願いしてみてもいいかもしれないな。生活に関わることだし。


「そーだお前、事務所に入ろうとか思ってたりする?」

「事務所?」


 唐突に高橋が訊いてくる。


「今のお前に目を付けて、たくさんオファーしてくるやつらもいると思うけど、全部断れよ」

「なんで?」

「あんなところ行ったら終わりだぞ? 確定申告やら税金のことは全部やってくれるからとりあえず入っておこ~とかいう馬鹿みたいなやつらが集まってるところだ」

「お前偏見凄いな……純粋に頑張ってる奴もいるだろう」

「収益の半分、いや7,8割は持ってかれると思った方がいい。配信者が不利益になることばっかだぞ」


 話し出すと長いので、適当に返事をする。


「へ~」

「お前は一人で配信してるほうが似合ってるよ」


 高橋はつまみを頬張りながら告げた。


「お前それ馬鹿にしてないか?」

「褒めてるんだよ」


 昔から高橋の忠告は聞いておいて損したことはない。

 事務所には入らないでおくとしよう。というかもともと興味なかった。


「とりあえずご忠告どうも」

「いやぁ、それにしても個室の居酒屋にしてよかったよ。安い店だったらどうなってたか」


 たしかに、それを考えたらゾッとする。

 有名になるにつれて、自分の休まる場所がどんどんなくなっていくと思うとなんとも言えない気分になるな。


「これからは店のチョイスも考えないといけないな」


 高橋はそう呟いたあと、ビールを一気飲みした。


 意外と気が利くんだよなこいつ。色々アドバイスもしてくれるし。

 そういうところは嫌いじゃないし基本的にいいやつだ。


「おっ! もうこんな時間じゃん。そろそろ出ようぜ」


 時刻はすでに24時を回ろうとしていた。

 今日は色々あって疲れたから家に帰ってゆっくり休むとしよう。


 すると高橋がおもむろに立ち上がり、


「ちょっとトイレ行ってくるわ」


 用を足しにトイレへと向かった。






 ――そして待つこと、1時間が経過。







「あいつ遅すぎじゃないか?」


 そんなことを呟いていると……。

 スマホから通知音。高橋からだ。


『とりあえず忠告料とアドバイス代として今日の飯代はよろしく! あっ! そうだ俺も配信始めたからチャンネル登録よろしくな~! そんじゃまた連絡するわ~ごちです!』


 俺は、おもむろに伝票を手に取る。


「お会計30万円……あいつやっぱりクソ野郎だわ」


 そんなこんなで、俺の初めての依頼は幕を閉じたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る