第9話 奏多、お礼を言われる

 俺たちは無事ダンジョン委員会へとたどり着いた。

 

 ――そして。


「芽衣! 俺が悪かった! ごめんなあああああああ!」


 大事な娘の姿をみた本部長は泣きながら芽衣に抱きつこうとする。


「ちょ、ちょっとお父さん離れてってば!」


 本部長は先ほどの威厳のある姿とは別人になっていた。

 何を見せられているんだろう……俺は無表情でその光景を見つめる。


「ごめんな。俺が悪かった。だから許してくれ芽衣!!」

「お、お父さん! 奏多さんが見てるって! 恥ずかしいじゃん!」

「えっ?」


 俺の存在を忘れていたのか、すぐさまいつものようにキリっとした顔へと戻る。


「あっ、ごほん……奏多、よくやった。無事、芽衣を送り届けてくれたこと感謝する」

「あっ、いえ……」

「芽衣も余計な心配をかけるんじゃない。母さんがどれだけ心配したか」


 本部長は生粋の親バカだということが発覚した瞬間だった。

 芽衣が父親を嫌う理由が分かったよ……。


「か、奏多さんごめんなさい。私のお父さん馬鹿で……」

「ユーモアな父親でいいじゃないか……あはは」


 今度、配信で喋ろうかな。なんて……。


「それより奏多、配信で君の活躍を見させてもらったよ」

「観てくださったんですね。ありがとうございます」

「私の大事な娘を何度もお姫様抱っこしていたみたいだが、それについて説明をお願いできるか?」


 やっぱりツッコまれたかーーーーー

 そりゃそうだよな。大事な娘の身体に触れてしまった罪は重い。


「それには深い事情がありまして……なんというか、状況が状況でしてやむを得ずといいますか……」


 俺はなんとか事情を説明するが、本部長の険しい表情は変わらない。

 これはまずい……ここは素直に謝るのが吉か。


「本部長……その、すみま――」


 意を決して謝ろうとしたその瞬間――


「奏多、芽衣が好きなのか?」

「ふぇっ?」


 唐突な問いに素っ頓狂な声をあげてしまった。


「芽衣のことが好きなのか?」

「いえ……」

「お前と一緒にいる芽衣は凄く楽しそうだったようだが違うのか?」

「そ、そんなつもりは一切ないです。それに俺と芽衣は今日初めてあったばかりですしそんなことは……」


 その様子を見ていた芽衣が口を開いた。


「ちょ、ちょっとお父さん何言ってるの? や、やめてよ……! 私と奏多さんはそんな関係じゃ……」


 頬を染めながら誤解を解いている。

 なんでちょっと嬉しそうなんだ……。


「芽衣、奏多のことを好きになるのは自由だが、ちゃんと段階は踏んでもらうからな」

「話が飛躍しすぎじゃないですか!?」

「もうお父さん! 落ち着いて!」

「ごほん! そ、それならいいんだ。すまん。取り乱したな」


 本当なんなんだこの人……。

 娘のことになるとキャラが変わるのか。


「あっ、あの本部長……報酬の話を……」


 埒があかないので、無理やり依頼の話にシフトする。


「そうだったな。おいそこの」


 扉の外にいた委員会の社員にそう告げる。

 その人は俺にアタッシュケースを手渡してきた。

 

「これは?」


 中を開くと、そこにはたくさんの札束があった。


「一千万円用意した」

「いっ、いっ、いっ、せんまんえん!?」


 夢かこれ……。光り輝く諭吉に目がくらむ。


「いやっ、さすがにこんな額。受け取れませんよ」

「君は娘の芽衣を救ってくれたんだ。受け取る権利がある。遠慮することはないぞ」


 真剣な表情で見つめる本部長。

 本部長は義理堅い人だからなぁ。これは受け取らないと家に帰してもらえなさそうだ……。


「わ、わかりました。お受け取りします」

「君には感謝してもしたりない。今日は本当にありがとう」


 本部長は深々とお辞儀をした。


「本部長に頼まれちゃ俺も断れませんよ。また何かあったらなんなりと。Dランクの探検家でよければいつでも駆け付けますから」

「ははっ、随分と頼もしいじゃないか」


 お互いにくすりと笑いあう。


「それでは、私はこれから用事がありますので、これで失礼します」

「あぁ、気を付けてな」


 深々とお辞儀をしたあと、俺は会議室を後にした。


「さてと、高橋と呑みにいくか~~」


 背伸びをしながら外へ出る。


「奏多さーん!」


 後ろから芽衣が駆け足で向かってくる。


「あ、あの……今日はありがとうございました! 私、奏多さんが駆け付けてなかったらどうなっていたか」

「大したことはしてないよ。立派な探検家目指して頑張れよ!」

「はい!」

「ってDランク風情がなに言ってんだって話だけど……」

「そ、そんなことないです! 奏多さんは強くて私の憧れです!」


 頬を染めながらキラキラとした目で見つめてくる。


 芽衣はその場で何かを言いたそうにしている。

 まだ何かあるのだろうか。


「今度、私からもお礼がしたいので、そ、その……連絡先を……」

「連絡先?」

「やっぱりダメですよね! 私なんかが……」

「いや、全然大丈夫だよ。むしろいいの? 俺なんかに教えちゃって」

「全然大丈夫です! っというかむしろウェルカムです!」


 芽衣は胸を張りながら答えた。


「そ、それじゃあ」

「うふふ、やった~!」


 笑顔で飛び跳ねる芽衣。

 まぁ、連絡先の一つでこんなに喜んでくれるなら安いもんだ。

 

 連絡先を交換し終え、立ち去ろうとしたその時、芽衣の顔が近くに寄る。


「えっ! 芽衣!?」


 俺のほっぺにキスをしてきたのだ。

 一瞬何が起きたのか分からず硬直する。


「さ、さようなら!」


 頬を染め「キャー!」っと、アイドルを見たときのような悲鳴を上げながら、

 全速力で逃げ去ってゆく芽衣。


「キスされたのか……俺」


 柔らかい唇。キスってあんな感じなのか……。

 初めての経験だったのでものすごくドキドキした。


 キスされた頬を撫でながらしばらくの間、その場で佇むのだった。

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