第49話 カエムワセトの涙

 現場では、休む間もなく戦後処理が始まっていた。イエンウィアとパバサの遺体は神官二人の手によってプタハ大神殿へと運ばれた。


 急に疲れの波が押し寄せて来たのを感じたカエムワセトは、倒れている石像の腕の部分に腰を降ろすと、ホルス神殿を見上げた。隣に座ったリラに話しかける。


「少しやりすぎたかな。この空間だけ、光と闇の均衡が崩れてしまった。私もなんだか、中身が空っぽになった気分だよ」


 リラはにこりと微笑むと、「大丈夫」と答えた。


「そのうち戻るよ。それまでは、ちょっと影が薄くなるけど。ワセトの魔力もすぐには無理だけど、ちゃんと元のようになるから」


 リラの回答に、カエムワセトは「そうか」と微笑んだ。そして、胸のあたりを撫でながら不思議そうに首を傾げた。


「自分でも驚いているんだ。あれほど無茶をしたのに、この程度で済んだなんて」


 なりふりかまわず魔術を連発するようになってから、カエムワセトはトトの書の反動による後遺症くらいは覚悟していた。しかし、今は強い疲労は感じるものの、後遺症の気配はおろか、魔術の使用時に感じた心臓の痛みすら無いのである。


 それを聞いたリラは、まぶしそうに目を細めると、カエムワセトの胸のあたりに目をやった。


「途中から、ワセトの中に別の魔力を感じたよ。イエンウィアと、パバサの」


 そして、愛おしむ様な声で続ける。


「助けてくれていたんだね」


 途端、カエムワセトが手の甲で両目を覆った。


 悲しみと謝意の涙を一生懸命こらえる青年の背中を、リラは優しくさすった。


「もう泣いていいんだよ、ワセト」


 しかし、カエムワセトは涙を堪え続けた。


 リラは両腕を、カエムワセトの小刻みに震える背中に回して、周囲を行き交う人々に泣いている事を悟られぬよう、一軍の指揮を終えた王子の顔を隠してやった。






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