第35話 カカルとハワラ

「アーデスさん、ライラさんのこと泣かしてるっす。やれやれ。これから戦だってのに、何考えてんだか」


 薪を抱えたカカルが、独りごちながら部屋に入って来た。

 吹き抜けの多柱室を挟み、アーデスとライラがいるちょうど反対側。そこでは、ハワラが松明や油の準備をしていた。籠状に編まれた大きな受け皿の中に、薪を組んでいく作業をしている。


「泣いてるって、あのライラさんが?」


 ハワラは作業の手を止め、カカルを振り返った。トラウマを刺激される神・魔談議の最中でさえ、ふんぞり返って虚勢を張った人である。その人物が泣くとは、余程の事があったのであろうとハワラは同情した。


 カカルは肩をすくめると、慣れた手つきで小分けにした薪を麻紐で縛りはじめた。


「どうせまたオバケ話で怖がらせたりしたんでしょ。ほんとどうしようもないんだか――ら!」


 台詞の最後で紐をギュッと締めたので、語気が荒くなった。

 続いて、カカルは鼻歌を歌いはじめた。

 

 生きてるうちに楽しみなさい

 上等の布を身にまとい

 オリーブオイルを肌にたっぷり塗って

 倉庫にお宝山ほど貯めて

 心のままにおくらしなさい

 ナイルはいつもあなたの傍で

 きれいな水と美味しい魚をもたらして

 あなたをお腹いっぱいにしてくれるから


 聞き覚えの無い歌である。最初は黙って聞いていたハワラだったが、楽天的な歌詞の数々に、とうとう我慢できずに吹き出してしまった。


「面白い歌でしょ。お頭がよく歌ってたんスよ」


 盗賊団の? というハワラの問いに、そうスよ。とカカルは答えた。


「ジェトのアニキはねえ、恥ずかしがりだからめったに人前で歌わないンスよね~。でもねあの人、一人の時にこっそり歌ってんの」


 聞かれてもいないのにジェトの秘密を暴露したカカルは、「キシシ」と笑った。ハワラもつられて破顔した。

 しかし、やがて寂しげな表情を作ったハワラは、視線を落とした。


「カカルはいつも明るいね。友達になれたらよかったのに」


 切なげな呟きに、カカルは目を丸くした。


「何言ってんスか。おいらたち、もう友達でしょお?」


 それを聞いたハワラの両目に涙が滲んだ。ハワラは急いで両手で涙を拭った。


「ありがとう。生きてる時は仕事ばっかりで、遊んでくれる子なんていなかったんだ。だから嬉しいよ」


 明るい笑顔を意識して礼を言ったハワラに、カカルは仕事の手を休める事無く「わかるわぁ~」と共感した。


「毎日ご飯食べる為には遊んでる暇なんてないスもんね」


 カカルも、盗賊時代の自分の生活を思い出しているようである。


 ハワラはふと自分の両手を見た。

 十本の指先全てが黒ずんでいて、ところどころ火傷の痕もある。


「僕ね、装身具職人だったんだ。わりかし評判もよかったんだよ」


 同じような手をしていた父は、ハワラが宝石に上手に穴を開けられるようになった頃、流行病でこの世を去った。それからハワラは、父の後を継いで工房で働いた。まだ教わっていなかった技術は、先輩の職人から学んだ。ハワラの作る装身具が徐々に売れ始め、やっと家族全員が毎日安定してパンにありつけるようになった頃、ハワラ自身も病に倒れた。


「悔しいよ。やっと、これからだ、って時に」


 唇を噛んだハワラは強く両手を握った。


 カカルは次の薪を束ねながら上半身を左右に揺すり、「ん~」と考えるそぶりを見せると、悪びれず言った。


「でも、死んでから友達になれてよかったっスよ。生きてる時に出会ってたら、おいら絶対、商品盗んでたもんね」


 カカルは骨の髄まで盗人のようである。


「手癖が悪いなぁ!」


 呆れたハワラだったが、やがて悲しげにその顔を曇らせると「もし……」と続ける。


「もし、僕がイアル野に行けたら、そこで皆の装飾品を作って待ってるよ」


「え、ホントに?」


 カカルは目を輝かせた。


「じゃあおいら、金と銀のチョーカーがいいっス」


 屈託ない笑顔で高価な材料を注文してきたカカルに、ハワラは笑い崩れた。


「欲張りすぎだよ!」

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