第27話 神々の計らい
「これがトトの書」
ハワラが呟いた。
黒曜石を削って造られた二本の軸棒で構成された巻物の内側には、神殿でよく見る神々の姿を描いたレリーフのような絵と、神聖文字がびっしりと記されていた。
トトの書を知らないジェトは眉を寄せる。
「だから、なんすかそれ」
「そんな凄いお宝なんスか?」
カカルもイチジクを口に咥えながら、トトの書を覗きに来た。
ライラはアジトでこれを見た瞬間、腰を抜かさんばかりに驚いていた。しかも、すぐさまこれを近くにあった麻袋に放り込むと、ジェトとカカルを置いてゆく勢いで神殿へ疾走したのである。ジェトとカカルはライラを見失うまいと、必死で追いかけた。途中何人かとぶつかり罵声を浴びせられた。
「別名『知恵の書』。トト神が記したとされる、万物の存在とその構成や流れを解き明かした強力な魔術書だよ。手にした者はこの世もあの世も関係なく魔術を使え、死人の蘇りさえ果たせると伝えられている」
カエムワセトの説明を聞いて、ただでさえ丸いカカルの目が、更に丸くなった。
「ひえー。おっそろしいっスね」
「でも、俺には何も起こらなかったぜ」
不満げなジェトに、アーデスが「読めなきゃ意味がねえ」と答えた。
「これは私が元あった場所に戻して封印したはずだ。何故君が?」
珍しく慌てている様子のカエムワセトに、ジェトは「ふふん」と得意げに腕を組んで笑った。
「あれで封印? おいおい。盗賊の嗅覚を甘くみられちゃ困るぜゴフッ!」
言い終わるや否や、著しく礼を欠いたジェトの態度に鉄槌が下った。ライラとしては、昨日からのジェトの無礼も相まって、いい加減我慢の限界だったのである。
「あんたも私の聴覚を甘くみんじゃないわよ」
右肘をジェトの脳天にめり込ませたライラが、低い声で忠告した。
「この暴力ヒス女!」
ジェトは頭頂部を抑えて忌々しげにライラを睨んだ。
「ほお。トトの書が戻ったか」
書物を漁っていたはずのフイが何の気配もなくカカルの真後ろから顔を覗かせた。驚きのあまりカカルが「きゃあ」と甲高い悲鳴を上げた。
「フイ最高司祭。しかし神々の書は人にとって――」
言いかけたカエムワセトに、フイは左手を上げて続きを制した。続けてカクっと頭を後ろに倒し、そのまま暫く、瞬きもせずに天井を仰いだ。
「なにやって――」「シッ!」
静まり返った部屋の中、開きかけたジェトの口をライラがすかさず手で塞いだ。
やがてフイは頭を戻すと、干からびた枝のようなその腕で、トントンと肩を叩いた。ずっと上を向いていたので肩が凝ったらしい。
「今度は神々からの計らいじゃ。罰があたることは無かろうて」
そう言ったフイは、何事もなかったかのような顔で、カエムワセト達の間を通り抜けて出入り口の扉を開けた。
「ではワシは沐浴の後に寝る。役に立ちそうな資料はここにある。後はイエンウィアに任せる。書物でも兵士でも神官でも、何でも好きに持って行け」
執務室の中央にできた書物の小山を指差しながら早口で言い残し、フイはまたブツブツ呟きながら部屋の外に出て行った。
まさか、何でも持っていけと言われるとは思わなかった。
想像以上だった上司の温情に感謝したカエムワセトは、一言礼を述べなければとフイを追いかけ一歩踏み出した。だが、オマケのように降って来た「臣下の髭くらい次はちゃんと剃らせてまいれ!」というけたたましい怒声に身をすくませ、「すみません!」と謝った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます