第22話 新たな仲間

「は?」


「おいら達スか?」


 藪から棒に話をふられ、ジェトとカカルは面食らった。


 質問の意図が全く理解できない二人の様子に、カエムワセトが「あっ」と声を上げた。連れて来るだけ連れてきて、そのまま放置していた事を今になって思い出したのである。


「すまない。まだ頼んでもいない事を」


 と、謝罪した。


「頼み?」


 ジェトは身構えた。

 王族なら命令さえすればいいものを、わざわざ依頼という形を取るのは何故か。王族に対し横柄なイメージを抱いているジェトにとってカエムワセトの言動は不可解でしかなかった。しかしながら、これまでの会話の流れから厄介な仕事には違いなかろうと、心づもりをする。


「話を聞いて理解してくれたと思うが、私も経験した事のない事で、知恵も戦力もまるで足りないんだ。危険に巻き込んで申し訳ないが、手を貸してくれないか」


「なんじゃそりゃ」


 まるで具体性に欠けた依頼内容のあまり、心の声が出てしまった。


「だからつまり何をしろってんですか?」


「その都度指示するよ。あとは自分で考えて動いてくれれば」


「はあ?」


 子供のお手伝いじゃないんだから、と言いかけたが流石にそれはよろしくないと口をつぐんだ。

 物心ついた時から縦社会の色が濃い盗賊団に属し、仕事の際には細かく役割をふられていたジェトは、戸惑うばかりである。


 ジェトに比べ思考の柔軟なカカルが、カエムワセトの言葉を解釈した。


「分ったっス。おいら達に、蛇のオバケと闘えっていうんだぁ」


 いくら死刑確定の囚人だからって、そりゃ酷いんじゃありません?

 泣き声を出して物申すカカルに、カエムワセトは慌てて誤解を正す。


「そうじゃなくて。君達は昨日のやり取りだけでハワラの正体に気付いて、それをライラに伝えてくれたんだろ。その洞察力と行動力が欲しいんだよ」


 先陣切って闘えと言っている訳ではなく、あくまで目的を共有して自ら動いてくれる味方が必要なのだとカエムワセトは重ねて説明した。更に、仕事が無事に終わった暁には報酬として、自由の身を約束した。


「洞察力と、行動力ね」


 ぽつりと言うと、ジェトは縛られている自分の両手首に視線を落とした。きつく縛られているこの両腕は罪人の証である。こんな姿の人間を信頼して使おうなんて頭がおかしいのではないか。それとも何か裏があるのか。

 盗賊出である自分の身の上に少なからずの劣等感を抱いているジェトは、自分達にカエムワセトが助力を願うだけの価値があるとは信じられなかった。


「だからって、なんで俺らなんすか。犯罪者すよ。さっきの番人に頼んだ方がまだマシなんじゃないすか?」


「昨日メジャイに言ったはずだよ。君は信用できる目をしているんだ」


 疑いを隠さないジェトに、カエムワセトが言った。


 またそんな適当な事を。ジェトは呆れた。


「そうすか? しょっちゅう目つきが気に入らねえって難癖つけられますけど?」


 大体、目を見ただけで人の性格が分るというのが疑わしい、とジェトは思った。嘘が下手だという指摘は的中していたが、あんなものは口から出まかせでいくらでも言えるだろう、と考えていたのである。


「あんたの目、素敵だよ。浮いてもないし暴れてもいない。落ちるべきところにきちんと落ちていて、奥底が強いんだよ」


 突然、リラが奇奇怪怪な言い回しでジェトの目を褒めてきた。理解不能な詳細は置いておいて、これまで女の子に褒められた経験が無かったジェトは、顔を赤くして俯いた。


 初めて可愛げのある反応を見せたジェトに、アーデスが「若いってのはいいねぇ」と、からかった。ライラまでが、ニヤニヤと癪に触る笑みを浮かべている。


 ジェトは照れ隠しと苦し紛れに、隣に立っていたカカルの腹を肘で殴った。ジェトの肘が腹にめり込んだ瞬間、カカルの口から「ぐほっ」と鈍い音が出た。完全にとばっちりである。


「なにするんスか……!」


 カカルはその場にうずくまって呻いた。


 ジェトはそれを完全に無視して、不思議なまでに自分に高い評価を与える王子に再び物申した。


「んな事言ったってね、俺は盗賊っすよ」


「望んでなったわけもないだろ? 仲間からは浮いていたし、ずっと足を洗う機会を伺っていたはずだ」


 カエムワセトはずばり言い当てた。


 ジェトは口をあんぐり開けて数秒間静止した後、ぶるっと大きく身震いした。身を縮込ませ、「あんた何者?」と恐れを帯びた眼差しでカエムワセトを見る。


「立場上、色んな人に接する機会が多くてね。人を見る目は養って来たつもりなんだ」


 予想以上の反応を見せたジェトに、カエムワセトは照れ臭そうに笑って答えた。そして、また交渉に戻る。


「勿論、強制はしない。私の保護下に入って手伝う他にも、牢に戻る選択枝がある」


「釈放して逃がしてくれるってのはぁ?」


 カカルが甘えた声で言った。腹の痛みは回復したようである。


 カエムワセトは微笑んで、「悪いけれど、私はそこまで幼くない」と却下した。条件を満たさず釈放するのは、ただ軽薄なだけである。


 優しそうな人格を思わせる微笑に対し、言いきった言葉が容赦なく、カカルは背筋を震わせた。


「おいら達、殺すには惜しい逸材っスよ!」


 ふっきれた顔で、カカルがカエムワセトに従う意志を表明した。


「……盗んでこいって命令なら、何なりと。鍵も開けれますよ。魔術はさっぱりなんで、呪文がかりのやつは無理ですが、普通のやつなら全種類オッケーです」


 ジェトも諦め、遅ればせながらアーデスの質問に対する回答を述べる形で仲間入りを宣言した。盗賊団を抜けた際には既に諦めていた命である。死ぬ前に一度くらいは人の役に立っておこうと考えた。


 カエムワセトが安堵した様子で「ありがとう」と礼を述べた。緊張が解けたからか、いくらか雰囲気が若くなって見えた。


 カエムワセトは椅子から立ち上がり、ジェトとカカルに歩み寄ると、腰の剣を抜いて二人の縄を切った。バラバラと縄が床に落ちる前で、カエムワセトは二人の縄を切れた事を心の底から喜んでいるような明るい笑顔を浮かべた。


 ジェトはこそばゆい気持ちで視線を逸らせ、「どうも」とぶっきらぼうに礼を言った。

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