第23話 行動開始
「――と、なると、頼りはワセトとこのお嬢ちゃんだけか」
さっそく、戦力に元盗賊二名を加えて考えたアーデスだったが、やはり対魔戦には直接使えなさそうだと判断する。
好奇以上に心配する眼差しが、寝台に腰かけている小柄な少女に集中した。仲間達から注目されたリラは、全く動じない様子でにこりと笑う。
「使い魔だとすれば性質は同じ。昼間は襲ってこないよ。勝負は夜になりそうだね」
リラはピクニックの予定を確かめるような調子で、決戦日時を予想した。
ハワラが何度も頷きながら、リラの予想を裏付ける証言をする。
「奴が話しかけてくるのは、いつも夜でした。しかも、皆が寝静まって真っ暗闇になる深夜です」
「昨夜はどうだった?」
カエムワセトが訊ねた。
「気配は感じましたが、接触はしてきませんでした」
明るかったからかもしれません。とハワラは推測した。
メルエンプタハは活発で眠る事が下手な上に、昼夜逆転が甚だしい時期であった。故に、夜中でも乳母やイシスネフェルトが困らないよう、城勤めの者達が交代で、城中常に灯りを絶やさないようにしていたのである。
「弟の昼夜逆転は不幸中の幸いだな」
強運に恵まれているという占星術師の見立ては正しかったようである。彼にもう少し慎重さが備わっていれば、今も首と胴体が繋がっているだけでなく相応の身分も与えられていたに違いない。
「ハワラが王宮に潜り込んだ昨夜は相手にとって絶好の機会だったはずだ。それを逃したのだから、多分、ハワラの考えは正しいだろう。敵は闇を好むんだ」
敵の性質は把握できた。しかし何にしても、相手の力量が分らない限りは、自分とリラの二人が頼みの綱では危険すぎると判断したカエムワセトは、神殿の魔術書を調べて、魔術に疎い者でも可能な応戦方法を模索する事にした。
メルエンプタハは念のため、イシスネフェルトや乳母と一緒に、より安全な場所に逃がす事にする。
どこに逃がすのか聞いてきたアーデスに、カエムワセトは「多分、この国で最も安全な場所」だと意味深に笑った。
メルエンプタハの避難は後に回し、ひとまずはプタハ大神殿に行こうとカエムワセトが言うと、アーデスがうな垂れた。
「やっぱ行く事になるのか。あのジジイ、俺はちと苦手なんだがな」
プタハ大神殿の最高位にあるフイ最高司祭は、アーデスの髭面を見るたびに剃刀を持ちだしてくる。神殿の奥に足を踏み入れる神官は無駄な体毛を剃るべしという決まりがあるのだが、フイはアーデスにもそれを強要するのであった。しかし、アーデスはアーデスで、顎の古傷を隠す為に髭を生やしているので剃りたくはない。そこで毎度、悶着が起きるのである。
「フイ最高司祭は厳しいけれど話の分らない人ではないよ。アーデスの言い分も、そのうち受け入れてくれるさ」
カエムワセトは、短い顎髭を大事そうに摩っている自分よりも年上の男に、あやすように言った。
「そういば、俺が以前見つけたお宝に魔術書っぽい巻き物があったんすけど。何か役に立つかも。アジトに隠してあんすけど、持って来ましょうか」
不意に思い出し、ジェトが申し出た。
「なにそのお宝って。信用できるの?」
疑り深いライラに、ジェトはムッとする。
「知るかよ。神聖文字なんて俺には意味不明なんだから」
エジプトには文字が三種類存在した。一つは王墓や石碑などに使われる神聖文字。次に、筆記用の神官文字。最後に、この時代はまだ一般的ではないが、神官文字を更に崩した民衆文字である。
神聖文字が使われている魔術書は多い。しかし、神聖文字の書物イコール魔術書とは限らない。
何故魔術書だと思ったのかカエムワセトが訊ねると、勘だ、とジェトは答えた。
なんとも頼りない理由にカエムワセトとアーデスは肩を落とし、ライラは鼻で笑った。
「アニキの嗅覚を甘く見ちゃ駄目スよ。そこらへんの犬より失せ物探しが上手いんスから」
カカルが言った。褒めているのかけなしているのか判断に困ったが、ジェトが誇らしげに胸を張ったので良いのであろう。
「俺らが持ってても宝の持ち腐れだし、王子にあげますよ。要らなきゃ神殿に寄付してくれりゃいいし」
売るという選択肢もあったはずだが、ジェトは太っ腹な一面を見せた。
「あんたたち、巻物取りに行くふりして逃げる気じゃないでしょうね」
まだ二人を信用していないライラは、脅すように睨んだ。
「んなズルしねえよ。お前こそ魔術書が怖いんだろ」
ジェトがせせら笑った。
「怖くない!」
「嘘つきは泥棒の始まりだぜ」
「だから本当に怖くないって言ってるでしょ!」
ジェトとライラの間で言い争いが始まったので、ジェトが殴られる前にカエムワセトが間に入った。
「じゃあこうしよう。ライラ、ジェトとカカルと一緒にアジトに行ってくれ。私達は先に神殿に行っているから、そこで落ち合おう」
ジェトとライラは各々不満げに頬を膨らませはしたが、頷いた。そして、お互い威嚇の一瞥を送り合うと、「ふん!」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「おいらも一緒に行くんスか……?」
カカルはとてつもなく居心地が悪そうだった。
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