サヤとの話

その週の金曜日。

早めに仕事を切り上げて、慌ただしく会社を出た僕は、帰りに春風堂のマカロンを買って帰った。

もちろん今日来るであろうサヤへのお土産と・・・ご機嫌取りだ。

何でお客がスタッフにご機嫌取りをするんだ・・・とは思ったが、あの夜のサヤの態度を見ると、つい申し訳なさを感じてしまう。

何故か分からないけど、彼女は時間ギリギリまで僕が戻るのを待っててくれていた。

いつも契約契約ってうるさいのに、ああいう所ではこだわるのか・・・

そんな事を思いながらチャイムを鳴らすと、少ししてからサヤがドアを開けた。


「お帰り、パパ」

「ただいま。今日は学校大丈夫だった?」

「うん、バッチリ。テストだったけど特に問題なく出来たよ。帰り、優子にカラオケに誘われたけど、パパの晩ご飯作ってなかったから断った」

学校での生活も伝えることで、疑似家族にリアリティを出す。

そう言った細やかな配慮もこの会社の売りらしい。

いつもは嬉しいのだが、今日は気もそぞろだ。

「・・・そうか。でもそんな時は友達を優先すればいい。お前も付き合いがあるだろう」

「どうしたのパパ?いつもとテンション違うね。上の人に怒られた?」

「いや、そうじゃないけど。あ、これ。春風堂のマカロン」

「あ!また買ってきてくれたんだ。ラッキー。一緒に食べよ」

そう言うとサヤはいそいそと紅茶の準備を始める。

その後ろ姿はどうやって身につけたのか、まるっきり「みーちゃん」だった。

事前にみーちゃんの動画を送りはしたが、旅行中に歩いている姿だけだし、他は彼女が小学生の頃だ。

これは会社の質の高さもだろうが、サヤの努力あってだろう。

(個性が無い)

坂口さんの言葉が浮かぶ。

でも、僕の目には彼女はとても魅力的に映る。

みーちゃんのフィルターが無くても・・・


「冬原さん、あの・・・この前はゴメン」

思い切って言ってみたが、サヤは聞こえていないかのようにティーカップを並べた。

「今、煎れるね。これ、この前イオンで見つけたんだ。新しくテナントに入ってた紅茶専門店の奴」

「今日の分の代金はそのまま払うよ。だから、キャンセルでは無いけど・・・今日は、冬原さんと話がしたい」

サヤはティーポットから紅茶を煎れると、軽くため息をつき携帯を見た。

そして少しの間逡巡していたが、やがて携帯を触りだした。

「どのくらいです?」

「え?」

「お話、どのくらいになりそうですか?その分の代金は返金します。今、ざっと計算したので。私のポケットマネーからお支払いします。実はわたしもお話ししたいことがあったんです」

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