驚きの滞在者

翌日の月曜日。

サヤが来る日だったが、仕事で突発のトラブルが発生し、その渦中にいた坂口さんのフォローに夢中になるあまり、時間をとっくに過ぎていたにもかかわらずキャンセルを伝えるのを忘れていた。

時計を見ると19時半過ぎだったので慌ててレンタルファミリーの会社へ電話を入れたが、ずっとサヤへの申し訳なさが脳裏にあった。

だが、まぁいいだろう。

彼女にとってもいい骨休めになったのではないか。

舞台の翌日で疲れているだろうし、仕事をせずに数時間過ごせたのなら、それも有りかも知れないじゃないか。

そう思う事で、キャンセルが遅れた後ろめたさをごまかす事にした。


「いや、本当にいいよ。そこまでしなくても・・・」

「いいえ!ぜひお礼をさせて下さい。最近、新しいレシピを覚えたんでぜひご馳走させて頂ければと」

結局仕事が全て片付いたのは20時だったが、ご飯も食べる時間が無かったこともあり、坂口さんは僕の家で夕食を振る舞うと言って聞かなかったのだ。

「江口さん、お一人暮らしでしょ?ぜひごちそうさせて下さい」

「い、いや・・・」

もしサヤが作っていたら・・・

いや、キャンセルの時間からして多分大丈夫か。

契約遵守の彼女の性格だと、キャンセルの連絡があったらそそくさと帰っているはずだ。

ならいいか・・・

結局彼女の押しの強さに根負けしてご馳走になることにした。


「食材は買ったばかりだから、好きに使ってもらえればいいよ」

「どうもです。じゃあお言葉に甘えちゃいますね」

マンションのエレベータを降りて、そんな事を話しながらドアを開けるため鍵を差したが・・・

「あれ?」

鍵がかかっていなかったのだ。

サヤにしては珍しい。閉め忘れるなんて。

「ゴメン、鍵をかけ忘れてたみたいで」

「え~、マジですか!不用心にもほどがありますって」

笑いながらそう話す坂口さんに苦笑いを返しながら、ドアを開けた僕はそのまま固まった。

灯りの点いたキッチンには、ブレザー姿のサヤが憮然とした表情で座っていたのだ。

「えっ、何で…」


「あの江口さん・・・こちらの方は?」

坂口さんの明らかに戸惑った声を聞きながら、僕は思わずサヤを二度見してしまった。

今は20時半。

レンタルファミリーは間違いなく「伝えておく」と言ったはず。

居るわけが無い・・・が目の前に居る。

連絡ミスか?

「すいません、驚かせちゃって。わたし、江口さんと同じマンションの田辺と言う者です。祖母がいつも食材を頂いたりしてお世話になっているので、今日はそのお礼に夕食を持って行け、と言われて」

サヤは滑らかにそう言うと、立ち上がりぺこりと頭を下げた。

「あ・・・どうも。私、江口さんの職場の後輩で坂口と言います」

坂口さんは明らかに戸惑っているが、笑顔になってお辞儀を返した。

どうやら目の前のサヤとこの前の冬原早耶香を同一人物だと思っていないらしい。

舞台用のかなり濃いメイク落としていることもあるが、あの時の大人びたサヤの姿がかけらも感じられないのは、流石と言ったところか。

「すいません、お邪魔しちゃって。何も言わずに帰るのも・・・と思ったので。預かった食事は冷蔵庫に入れたので、もう帰ります」

サヤはそう一気に話すと、ぺこりと頭を下げて僕らの間を通り抜けた・・・が。

「いたた!」

通りすがりに足を思いっきり踏まれたので、思わず声を上げてしまった。

「あ、すいません。わたし、そそっかしくて」

サヤはぺこりと頭を下げるとドアを開けて出て行った。

「う~ん、今時の子とは思えないくらい律儀ですね。わざわざ待ってるなんて」

「そ、そうだね。彼女は・・・律儀だよ。色々と」

何なんだ、彼女は…

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