エピローグ

アマーリエがジークフリートと18歳で結婚して早50年。4歳年上のジークフリートは10年前に息子に王位を譲って退位し、引退後の生活を夫婦で悠々自適に過ごした。だがそんな夫も4年前に見送った。その時に代々王家に伝わる夫のラピスラズリのシグネットリング印章指輪を息子に譲り、自分のルビーのシグネットリングは孫娘にあげた。孫息子は拗ねたが、父親からもらえると言って宥めた。


アマーリエは今は離宮に1人で住んでいる。いや、正確に言えば1人ではない。通いの家政婦や管理人がいるし、忠実な侍女だった竹馬の友ジルヴィアは離宮に住み込みだ。


孫娘が離宮にやってきて祖母に自分の描いた絵を見せようとソファに座るアマーリエに近づいてきた。


「おばあちゃま!見て!」


アマーリエが反応しないので、孫娘がひじ掛けの上に乗っている手を引っ張ったら、だらんと力なくぶら下がった。


「おばあちゃま?」

?!」


ちょうどそこにジルヴィアが紅茶とジュースを持ってきて部屋に入って来て、アマーリエの力の抜けた姿を見て悲鳴を上げて駆け付けた。だが、彼女はもう息をしていなかった。ジルヴィアは彼女の遺体に取りすがって号泣した。


「お嬢様、どうして9歳も年上の私を置いていくのですか?!いつもみたいに『私はもうお嬢様なんて歳じゃないわよ』って叱って下さい!」


孫娘もようやく何が起きたか把握できたようだった。部屋には2人の泣き声が響いていた。


******


アメリーが目覚めると、上には白い天井、横には点滴台が見えた。


「ああ!アメリー!よかった!」


母がアメリーに抱き着いて泣いている。母が言うには1ヶ月も意識不明だったそうだ。


アメリーは、随分と長い夢を見ていたような気がする。何の夢だったか…


「あっ!そうだ!ジーク!お母さん、私の『アレンスブルク王国史』持ってきて!」

「これでしょ?貴女がいつ目覚めても読めるようにって病室に置いてあるのよ」


アメリーは必死にページをめくる。開き癖がついている特集ページがあった。


『最後の絶対君主ジークフリート』


そこには、あの麗しい美青年のジークフリートの写真ではなく、ちょっと額が後退した中年のジークフリートの写真があった。その顔には皺が刻まれていたが、酸いも甘いも噛み分けた経験が表情に現れていて自信に満ちている。


(『悲劇の王太子』じゃない!ジークは心中しなかった!)


アマーリエは本とインターネットを駆使して、前と歴史が変わったことを実感した。


革命は起きず、アレンスブルクはソヌスに併合されなかった。ジークフリートは王国歴453年に即位して立憲君主制を導入、同年にアマーリエ・フォン・オルデンブルクと結婚。在位40年で息子に譲位して天寿を全うした。その子孫が今もアレンスブルク王家を脈々と繋いでいて王宮に住んでいる。王宮の一部は年に一度一般公開され、離宮は全体が博物館になっている。


「ああ、そうそう。アメリー、うちにこんなものがあったのよ。おばあちゃんが持ってたものらしいんだけどね、貴女が興味を持つだろうと思って毎日持ってきてたのよ」


そう言って母がアメリーに渡したのは、平らに加工されたルビーが嵌った金の指輪。ルビーの表面には何か印章みたいなものが刻まれており、金属部分の内側には刻印が見える。


「これ、シグネットリングだと思う。何の家紋だろう?アレンスブルク王家の家紋に似てる気がするけど、まさかね…」

「まさか!おばあちゃんが生きてるうちに由来を聞いとけばよかったわね」

「おばあちゃんってお母さんの方?」

「違うわよ、パパの方よ。でもパパも由来は聞いてないんだって」


検査をして異常がなかったアメリーは、翌週退院した。


指輪が気になって仕方なく、あれからインターネットで似た物を探しているが、見つからない。


アメリーは指輪を持って離宮にあるアレンスブルク国立博物館に行ってみることにした。


タイムパラドックス前の記憶では、離宮は博物館ではなかったが、建物自体は公開されていて見学した覚えがある。だから国立博物館の展示はアマーリエにとって新鮮で夢中になって時間を忘れて見学した。


アマーリエはある展示ケースの前で足が止まって目が離せなくなった。そこにはアマーリエの指輪とそっくりの印章が刻まれたラピスラズリのシグネットリングが展示されていた。


「ああ、そうだ!この印章ってアレンスブルク王家よね?!でもどうしてうちの指輪と同じなの?!」


アマーリエはバッグから自分のルビーの指輪を取り出して展示ケースのラピスラズリの指輪と見比べてみた。比べれば比べるほど同じ印章のように見える。


あまりに集中していたので、すぐ後ろに誰かが立っているのに気が付かなかった。


「すみません、その指輪、お嬢さんの物ですか?」

「ひぃっ!」

「あっ、驚かせてしまいましたね。すみません。私は怪しい者ではありません。この博物館の学芸員でレオン・フォン・マントイフェルと言います」


アメリーに話しかけてきた青年はそう言って名刺を差し出してきた。その笑顔は、髪と瞳の色が同じだからか、どこか若い頃のジークフリートを彷彿とさせた。


その指輪の由来を聞かせて下さいと言われたが、アメリーは父方の亡き祖母が持っていたと聞いただけで由来は知らないと答えるしかなかった。でも博物館の図書室で古い本の図版を見せてもらうと驚いた。アメリーのルビーの指輪とそっくりな物が博物館のラピスラズリの指輪の対として描かれていたのだ。


「これはアレンスブルク王家に代々伝わる対のシグネットリングなんです。ルビーの方はジークフリート王の妃のアマーリエが孫娘にあげたということまでは分かっていたんですが、そこからの行方が今まで知られてなかったんですよ!これは世紀の大発見ですよ!」


アメリーは大興奮したレオンに両手を握られてブンブン振られてあっけにとられた。


でもアメリーがアレンスブルク王国史について質問すると、彼は喰らいついてきた。


「…なんですよ!あっ!ヤバイ!仕事に戻らなきゃ!あの、せっかくなんで…またアレンスブルク王国史について語り合いませんか?」


趣味が同じですっかり意気投合した2人は連絡先を交換し、その後も会うようになった。そんな2人が付き合うようになるのも時間の問題だった。


でもアメリーは、デート中なぜかいつも誰かに見られているような気がして気持ち悪かった。その疑問はタブロイド紙の報道でわかった。レオンはなんとアレンスブルク王家の末裔、第2王子だった。苗字は母の旧姓で学芸員の仕事で使っていると言う。なぜ言ってくれなかったのと怒ったが、君は学芸員レオンの恋人で、第2王子だから恋人になったんじゃないでしょと言われ、納得いくようないかないような――


世間が大フィーバーを起こすジークフリートとアマーリエの子孫同士の結婚はそれから3年後のことだった。


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カクヨムで初めてのコンテスト応募作品が完結しました。

最後は制限字数に収めるのが大変で四苦八苦しましたが、何とかなりました。

第9話「王妃教育」も削りました。番外編で公開します。

応援、コメント、お星様をいただき、ありがとうございました!

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