第18話 毒を食らわば皿まで

ツヴァイフェル伯爵家を断罪してからしばらく経ったある晩、ジークフリートはとある夜会にルプレヒトと共に出席していた。


ジークフリートがふと強い視線を感じてその方向を見ると、ヘルミネを彷彿とさせるブルネットの髪の令嬢がいた。力強い瞳はヘルミネと同じ緑色だ。彼女はジークフリートと目が合い、妖艶に微笑んだ。ドレスから零れ落ちそうな豊満な胸といい、くびれた腰といい、男好きする身体つきだが、顔をよく見ればまだジークフリートと同じぐらいの年齢に見える。


ジークフリートは、隣のルプレヒトにひそひそ声で話しかけた。


「ルプレヒト、父上にあてがう女性は見つかったか?」

「いえ、まだです」

「あれからもうどのぐらい経ってると思ってるんだ。それなら、あのブルネットの令嬢はどうだ?」

「どの女性ですか?」

「右側にいる、真っ赤なドレスを着ている女性だ。あの女を彷彿とさせると思わないか?」


ジークフリートは、ルプレヒトの返事を聞く間もなく、その女性の方へ近づいていった。


「やあ、先ほど目が合いましたよね。お名前をお伺いしても?」

「王国の小さき太陽、王太子殿下にご挨拶申し上げます。メラー男爵が娘、アーデルグンデと申します」


彼女の言葉には、微かにソヌス訛りがあった。


「へえ、私が王太子だって知ってるんだ。そんな堅苦しい挨拶は止めにして踊ろうよ」


ジークフリートは、首を縦に振ったアーデルグンデの手を取ってホールの中央に躍り出た。1曲目を踊り終えてもジークフリートはアーデルグンデを離さず、腰をぐっと引き寄せて身体を密着させ、2曲目を踊りだした。2曲連続して踊るのは、通常は婚約者か夫婦だけだ。人々は、2人を見てパオラの次の愛人候補かと噂し始めた。


ジークフリートは踊りながらルプレヒトに目で合図した。ルプレヒトはため息をつきながら、2曲目が終わりそうなタイミングで飲み物を調達し、バルコニーへ出る2人のすぐ後ろに続いた。


3人でひとしきり会話を楽しんだ後、ジークフリートはルプレヒトを伴って夜会から退出し、王宮の自室へ向かった。


「ルプレヒト、あの令嬢をどう思う?」

「微かにソヌス訛りが気になりますね。でも敏感でなければ気にならないほどです」

「やっぱり。母上の若い頃を彷彿とさせるような外見だけど、父上に近づけるのは止めたほうがいいな」

「そうですね。あちらから殿下のことを見つめてきましたからね。最初から何らかの意図があって殿下に近づくつもりだったんでしょう」

「彼女に近づくぞ。毒を食らわば皿までだ」

「…分かりましたよ。止めても無駄なんでしょう」

「ああ、無駄だよ。それじゃあ、父上の愛人候補を頼むよ」


それからというものの、ジークフリートはパオラの時のように夜会でアーデルグンデといつも踊ったり、一緒に外出したりして頻繁に一緒にいられるところを見られるようになった。その噂話は広がり、まだ社交界デビューをしていないアマーリエにも届いた。アマーリエはこの頃、王妃教育と諜報員の訓練で忙しく、ジークフリートと会う時間をほとんど持てていなかった。


「ねえ、ジルヴィア。ジークが最近一緒にいる令嬢ってなんていう名前なの?」

「その話は腹立たしくてしたくありません!」

「ジルヴィアが教えてくれないなら、他の侍女に聞くしかないけど…」

「…分かりましたよ。アーデルグンデ・フォン・メラーです」

「えっ?!もう知り合ったの?!」


思わず叫び声をあげたアマーリエをジルヴィアは怪訝そうに見たので、アマーリエは慌てて何でもないと誤魔化した。


アーデルグンデの名前は、アメリーがアマーリエとして目覚める前、162年後の世界では、ジークフリートの心中相手として知られていた。彼女の実家のメラー男爵家は爵位を買った新興貴族で元々の起源は不明だ。では、彼女は一説にはソヌス王国の改革派のスパイだったとも、本当にジークフリートの愛人だったとも言われ、相反する説がある。


でも心中したのは、今から7年後の王国歴455年だ。では知られていなくてもそんなに前からジークフリートはアーデルグンデと知り合っていたのか、それとも今のアマーリエがタイムパラドックスを起こして彼は彼女と早く知り合ったのか。いつジークフリートが心中事件を起こすか、いや心中を装って殺されるのか、アマーリエは不安で仕方なくなった。


ジークフリートがアーデルグンデと出会ってから数週間経った頃、ルプレヒトが没落した田舎男爵の娘をフレデリックの愛人候補として連れてきた。ジークフリートが会ってみたところ、彼女はアーデルグンデに比べれば垢ぬけなかったが、髪色や瞳の色、肉感的な身体つきがヘルミネと似ていて教育を施してセンスを磨けば彼女に似せることができそうだった。


半年後、フレデリック専属侍女として新しい侍女が入ったが、夫に関心のないヘルミネは全く気にも留めなかった。

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