第17話 ツヴァイフェル伯爵家

話はアマーリエの諜報員教育が開始する頃(13歳当時、ジークフリート17歳)に戻ります。具体的には描いていませんが、ざまぁの一環として暴力と無理矢理行為の描写があります。


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ジークフリートとルプレヒトが国王フレデリックに愛妾をあてがう密談をしてから数日後の朝、アマーリエの落馬事故を誘発した容疑者として捕らえられた元近衛騎士が牢の中で死んでいるのが見つかった。拷問されても誰に指図されたか口を割らないまま、死人に口なしとなってしまった。


その翌週、いよいよツヴァイフェル伯爵家にジークフリートが招待される待望の日がやってきた。ジークフリートの諜報員エミールは数人同行する護衛のうちの1人として、ルプレヒトは側近として同行する。


王太子が来訪する以上、当然のことながらツヴァイフェル伯爵夫妻が歓待しなければならない。ティーセットが用意されたサンルームには、当代伯爵夫妻と長女パオラ、パオラの弟の伯爵家嫡子の他、先代伯爵夫妻も勢ぞろいしていた。


ツヴァイフェル伯爵夫人と先代伯爵夫妻はジークフリートとパオラの距離が今以上に接近するのを目論んでいるから、しばらくしたら当代・先代伯爵夫妻と伯爵嫡子はパオラとお目付け役の使用人を残して退室し、最後にまた挨拶に来るだろう。5人が退出するまでが勝負だ。ジークフリートはなるべく当代・先代伯爵夫妻との会話を引き延ばす。


ジークフリートが伯爵夫人からご自慢のサンルームの蘊蓄を聞いていた頃、エミールは買収した伯爵家の使用人から入手したツヴァイフェル伯爵邸の見取り図を参考にして伯爵の執務室へ侵入を果たしていた。


部屋の鍵はかかっていたが、そのぐらいの開錠は容易い。彼はそういう手先の器用さや身のこなし方からは諜報員向きだったのだが、子供の頃に盗賊に襲われたトラウマを克服して戦うことができず、王家の諜報部隊から離脱してジークフリートに拾われた。


エミールが本棚の本に違和感がないか調べている時、廊下から執務室に近づく複数の足音が聞こえた。エミールは見つけたダミー本を慌てて元に戻し、ひらりと窓から外へ出て窓のすぐ近くまで枝を伸ばす木の茂みの中に身を隠した。


ツヴァイフェル伯爵と使用人のお仕着せを着た男の2人が、執務室の中に入って来て部屋に異常がないか確認して会話しているところに、女性の足音が近づいてきて『閣下、殿下が…』と伯爵を呼ぶ声がした。ジークフリートは、伯爵が執務室に行ったのを察して彼を呼び戻してくれたのだ。だが、ジークフリートが伯爵を呼び戻したということは、ジークフリート一行が別れの挨拶をすることを意味する。


2人が執務室から出て行った後、エミールは急いで本棚のダミー本を引き抜いた。その横の本の背後に現れた空間の中には金庫があった。エミールはそれを開錠し、中身の文書を白紙と入れ替えて本物は畳んで内ポケットに入れた。それから動かした物を元の位置に戻して窓から外へ出て、伯爵家の厩に行き、何食わぬ顔で護衛と馬車の馬の番に戻った。


エミールが伯爵家から盗んできた文書は、ソヌス王国の革命派が王弟アウグストに協力を説得するためのものだった。アレンスブルク王国がソヌス王国の革命に手を貸すのであれば、革命派はアレンスブルクで革命運動をせず、アウグストをアレンスブルクのとして認めるという書状だ。ツヴァイフェル伯爵はこの書状を携えて何度もアウグストを訪ねたが、用心深いアウグストは『国家元首』という点が気に入らず、交渉を重ねていた。


ツヴァイフェル伯爵とその家族が連座で捕まったのは、それから間もなくだった。財産は没収され、王都の屋敷は接収された。


捕縛から数日後、ツヴァイフェル伯爵はアンドレとの関係を打ち明けることなく、牢で冷たくなっていた。


残された彼の妻と彼女の両親の前伯爵夫妻、パオラ姉弟の5人は捕らえられてから2週間、風呂にも入れずに身体が異臭を放ち始め、髪の毛も皮脂でギトギトに固まってフェルトのようになった。生まれながらの貴族であった5人はそんな屈辱に納得できる訳がなく、互いに罵り合ってストレスを発散した。特に責められたのは、ジークフリートに騙されたパオラであったが、そんな状況でもパオラは彼が助けに来てくれるとまだ信じていた。


その後、5人は鉱山の強制労働所へ移送されることになった。パオラの祖父と弟は坑夫として、パオラと母、祖母の3人は鉱山の。鉱山の強制労働者と慰安婦は数年以内に廃人となる者も多く、元貴族の5人が体力的に1年もつかどうか疑問である。


5人は何日も荷馬車に揺られて鉱山の強制労働所に着き、ようやく数週間ぶりに入浴できた。一番若いパオラは、到着した夜、すぐに初仕事になった。何がなんだか分からずに粗末な仕事部屋に行かされたパオラは、仕事の後に汚れ切った身体のまま伸し掛かってくる獣にギシギシ音をたてる寝台で初めて身体を開かれた。その後も毎日同じことの繰り返しで、心身の痛みに泣き叫べば、『うるさい』と怒鳴られて殴られることもあり、パオラの身体はすぐに青あざだらけになった。


パオラが『仕事』の後で思い出すのは、未だにジークフリートのことだった。まだ恋しいと思う一方で、どうして騙したのかと憎く思うこともあり、彼のことをどう思っていいのか複雑な心境だった。


ある晩、パオラの所に来た『客』は強制労働所では一風変わっていた。ここでは珍しい、清潔感が残るその男は、パオラを抱くことも殴ることもなく、静かに話しかける。


「君はパオラ・フォン・ツヴァイフェル伯爵令嬢だろう?こんな所にいる女性じゃない」

「その名は捨てました」

「誰のせいで捨てさせられたのか、わかっているだろう?ここを出て元のような生活をしたいって思わないか?」

「そのことは考えたくありません」

「本当に?王子が憎くて憎くてたまらないだろう?彼は君のことを好きでも何でもないのに好きな振りをして利用するだけ利用して捨てたんだ。いや、捨てただけならいい。君自身は何もしていないのに、娼婦より酷いことをさせられている。娼婦だったら報酬をもらえるのに、君はただで身体を弄ばれている。ほら、ジークフリートが憎いだろう?」

「に、憎くなんか…」

「いいんだよ。正直な気持ちを言って。このままここにいたら、君は騙されただけなのに、搾取され続けるだけだよ」

「に、に…憎いわよっ!!」

「そう、その意気だ」


男は不気味に口角を上げてニッと笑った。


それから数日後、パオラの姿が消えた。男の姿もなく、それどころか男の正体を知る者もいなかった。残った元ツヴァイフェル伯爵家の4人はパオラ脱走の連座を受けてますます疲弊していき、1年後にはパオラの祖父母は続けて亡くなった。

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