第27話 思い描いたルート

 星宮と巻村が付き合い始めた。その話題は、情報が回り始めて数日経った今でも留まるところを知らない。


 ゴールデンウィークが明けて何日か経った休み時間。噂の二人は仲良く並んで廊下を歩いている。


「あぁ……二人が並んでると絵になるなぁ」

「……あそこまでお似合いな雰囲気があると嫉妬すら起きない」

「……っく……やはり顔なのか……!?」

「まあ、大事な要素ではあるよな……」


 名前も知らない男たちの会話を小耳に挟みながら、俺は遠巻きに渦中の二人を眺める。


 楽しそうに会話をしている星宮と巻村。お似合い。たしかにそうなのかもしれない。


 星宮も巻村の隣で笑っている。幸せそうな空間がそこにあった。


 俺の目的は星宮の幸せを一番近くで眺めること。彼女の隣に立っているのは塩見であって欲しかったけど、彼女が巻村を選んだのであれば仕方のないこと。


 俺の本来の野望は潰えたわけだが、巻村は巻村で悪い男じゃない。金持ちなことを自慢するわけでもないし、何より星宮に対して一途。振られてからも積極的にアピールをしていたし、その努力が実を結んだんだろう。


「なんだかなぁ……」


 目の前には俺が求めてやまなかった景色が広がっている。


 それなのに、なぜか心が躍らない。モヤっとした不快感が残っている。


 この前孤児院で星宮と話したこと、それがずっと心に引っかかっている。


 大切なものを失うのが怖い。だから恋人を作らない。彼女はそう言った。


 だけど星宮は彼氏を作った。こんなに短期間でだ。


「心境の変化……だよな」


 単純に考えれば、巻村が星宮の後ろ向きな心を溶かしたんだろう。そうじゃないと話の辻褄が合わない。だからこの考えは合ってるはず。なのに、喉の奥に小骨がつっかえている。


 決心って、このことだったのか? 考えたって、それは俺にはわからない。


 無駄な思考で埋め尽くされそうになる前に教室へ戻ろうとした。だけど、


「御門君」


 隣に星宮をこさえたまま、巻村はなんかムカつく笑顔でやってきた。


 勝者の余裕をこれでもかと感じる……っく。なんだこの敗北感は……!


「ひどいな。友達なんだから話かけてくれてもいいのに」

「俺の中でお前はまだ友達もどきだ」

「手厳しいね……じゃあ、ちゃんとした友達になれるよう頑張るよ」


 くそ……眩しいなこいつ。桜野みたいにバトル仕掛けて来いよ。やり辛いな。


「ひかりを巡って争ったライバルとして、ね」

「ひ、ひかりぃ……?」


 なに、もう名前呼びアピールですか? は? 羨ましいんだが?


 女神の名前を呼べるとか天上人かよお前?


「付き合ってるんだから、名前で呼ぶくらい普通だと思わない?」

「だそうだ星宮」

「私はとりあえず巻村君で!」

「残念だったな巻村。その理論が当てはまるのはお前だけだ」

「なら、気長に待つとしようかな」


 その後も二人は俺の目の前で他愛のない会話を繰り返して笑いあっていた。


 あれ、なんか胸が苦しい。幸せって独り身には猛毒だったりするのか?


 てか、もう俺この場にいらねぇだろ。帰ろ。既に毒は致死量だ。


「じゃあ、俺は行くわ。ここは……少し眩しい」


 いつかの黒田が言っていた中二セリフが自然と口から漏れた。たぶん毒のせい。


 このままだと幸せオーラで俺の邪気が浄化される……いいことしかねぇな?


「星宮……迷いは晴れたか?」


 なんとなく、聞いておきたかった。


「うん、これは私が望んだ結果だから」


 いつも通りの笑顔を向けられる。だけど、やはり違和感を覚える。


「そっか、ならいいんだ」


 その言葉置いて、俺はその場から去った。


 推しの幸せを近くで眺める。


 俺が求めたエンディングはそこにあった。はずなんだよな。


 心のモヤは、晴れてはくれなかった。



 ☆☆☆


 昼休み。学食では一人少なくなったテーブルを囲む。


 星宮は巻村と昼ごはん。わざわざ教室まで迎えに来て、本当にお熱いことですよ。


 会話は少ない。塩見は難しい顔で、自分の持ってきた定食とにらめっこしていた。まさか自分で持ってきたのに今日はこれの気分じゃねぇな。とか思ってないよな? そうだったらちゃんと病院を紹介しないと。


 さりげなく塩見の隣に座る桜野も、顔をしかめていた。


 とは言え、最近はずっとこうだ。


 星宮が巻村と付き合い出してから、二人はずっと難しい顔をしている。


「塩見、食わないと冷めるぞ?」


 もう遅いかもしれないけど。


「ああ……そうだな」

「心ここにあらずって感じだな。星宮が巻村と付き合い出してショックでも受けたか?」

「それはあんたでしょ?」


 桜野からツッコミが入る。


「俺の心はここにあるから、普通にご飯を食べてるんだけど」

「あんたはさ、それでいいの?」

「なにが?」

「……もういい」


 いや、そんな冷たく切り離すなよ。ちょっと俺の反応が自分の想定と違うからって、全部捨てることなくない? そういうとこだぞ桜野。


 ゴミみたいな扱いはこの際慣れてるからいいけど、質問には答えてくれよ。


 俺は質問の意図がわからなくて聞き返しただけなんだよ。


 しかし、桜野はそっぽを向いて自分のご飯を突いていた。


「で、塩見は何を悩んでんだ?」


 脱線した話を元に戻す。


「なあ御門……俺はどうすればいいと思う?」

「好きにすればいいんじゃないか?」

「好きにしていいのか?」

「いや、それを決めるのはお前だろ」

「そうだよな……御門はこうやって自分の中で迷いが生じた時はどうしてる?」


 塩見はクソ真面目な顔をして訊いてきた。


「何を迷ってるのか知らんけど、やるかやらないかで迷ってるならやった方がいいんじゃないか? どうせ後悔するなら、やって後悔した方がマシだろ」


 だから俺もクソ真面目に返した。


「やって後悔した方がマシ、か……そうだよな……よし決めた!」


 俺との会話で何か答えを見つけたのか、塩見は勢いよく立ち上がった。


「ありがとう御門! 俺はしばらく学校を休む!」

「はぁ……そりゃまた急なことで」

「え……?」


 桜野が箸で米を持ち上げたままフリーズしている。


 どうやら塩見の突然の奇行に頭の理解が追い付いていないらしい。


「ど、どうしたの塩見君? 急に学校を休むって……?」

「行くにしても昼飯くらい食ってからにしとけって」

「もっと気にすることがあるでしょ!」


 なぜか俺が怒られた。理不尽。


「いや……そうだな。このまま行くのは料理を作ってくれた人に失礼だったな」


 塩見は逆再生のように腰を降ろせば、すごい勢いでご飯を食べ始めた。


「桜野、俺になにか言うことは?」

「うるさいわよ! 今それどころじゃないでしょ!」


 また怒られた。理不尽。


「よくわかんねぇけど、塩見は不良の道を歩み始めるんだな」

「ああ……御門のおかげで迷いが消えた」


 この前も、同じように誰かの背中を押した気がする。


「そりゃよかった」

「よくないわよ! 塩見君……不良になるの?」


 いや、お前の質問もだいぶ着眼点おかしいからな?


 言ったら殴られそうだから思うだけにしておいた。


「一応聞いておくけど、不良になるわけは?」

「後悔しないため、だな」

「なるほど。そう言われると俺は止められないな。桜野はどうか知らないけど」

「私が何を言っても不良になるんでしょ? 塩見君、そんな顔してる」

「ごめんね。俺にとって大事なことなんだ」


 半分投げやりに言った桜野に、塩見は申し訳なさそうな顔で返事をする。申し訳さなそうにしてるけど、意志が変わらないのは言葉と表情からわかる。桜野も察してはいたみたいだな。


 そして、昼ご飯を食べ終えた塩見は再び立ち上がる。


「御門。悪いけど、俺がいない間の授業のノートを頼めるか?」

「代わりに俺は何を貰えるんだ? 昼寝を犠牲にする対価が欲しい」

「じゃあ、御門のお願いをなんでもひとつ聞く、でどうだ?」

「よし、俺は今日から昼寝をやめる」

「任せた。あと、それを抜きしても昼寝は良くないぞ」


 それじゃ、行ってくる。そう言って塩見は学食を後にした。


「みんな……自分勝手にいなくなっちゃうのね……」


 窓から見える景色を見ながら、桜野は寂しそうにそんな言葉を残した。


「一応、まだ俺がいるってだけ言っとくな」


 返事はなかった。まあ、知ってた。


 ほんの少し前までは、4人でワイワイしてた昼休みの空間。


 気づけば半分がいなくなった。


 当たり前の日常は、もうここにはなかった。

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