第26話 後悔しない方

「秋志君……よく見てるんだね。わりと驚いてる」

「実は、そこも俺の売りなんですよ。あまり人には言わないですけど」

「なるほど、そこは良いセールスポイントだね」

「それで、俺の評価はどんな感じですか?」

「秋志君になら、ひかちゃんのこと任せられそうかな」

「そういうのは、あそこのイケメンにお願いした方がいいですよ」

「圭一にはもう別のことをお願いしてるから、ひかちゃんは秋志君に任せる」

「……ゼクシィ買っておいた方がいいですか?」

「悩み事ってさ、家族には言いづらくても友達になら言えたりするよね?」


 俺のふざけた質問には答えず、逆に質問で返される。だけど、それは答えにもなっていた。


「お姉ちゃん、これでも人を見る目には自信があるから。後はよろしくね」


 最後にそれだけ言って、朱音さんは子供たちと一緒に遊び始めた。


「あとはよろしくか……」


 遠くなる朱音さんの背中に呟けば、星宮がこちらを見ていることに気づく。


 目が合えば、彼女は穏やかに笑いかけてくれた。


 まるで闇を感じさせない笑顔。女神と信奉してやまない。


 朱音さんと入れ替わるように星宮がこちらへ近づいてきた。


「やあやあ御門君、朱姉と何話してたの?」


 星宮は朱音さんをそう呼ぶのか。やっぱり、姉妹みたいな関係なんだな。


 朱音さんに頼まれたとか関係なく、せっかくなら消化不良のものをスッキリさせよう。


「なんか星宮のことを任された。挙式の会場はどこがいい?」

「え? 私のいないとこでそんなとこまで任されたんだ……うーん、悩みどころだね」

「ま、挙式の会場だけじゃなくて、他にも悩みがありそうだけどな」

「え……?」

「あるんだろ? 悩み事」

「それは……」


 星宮は罰が悪そうに目を逸らす。


「さっきの話の続きをしようぜ? このままじゃ気になって夜しか眠れない」

「それって普通じゃない?」

「昼寝が抜けてるから普通じゃない」

「私はなんでもないって言ったのに?」

「なんでもないようには見えなかったから言ってるんだよ」

「御門君は意地悪だね。時には見ないふりをするのもいい男の条件だと思うよ?」

「いい男は、大事なところで見ないフリはしないんだよ」

「むぅ……御門君はそういう人だったね。わかった。続き、しよっか」


 星宮はそう言って諦め気味に再び俺の隣に腰を降ろした。


 続き、しよっか。時と場所によっては理性が吹き飛ぶくらい官能的な響きである。


 煩悩を滅すること少し、星宮が口を開く。


「実はさ、私はここの孤児院の出身なんだよ」

「なるほど……」

「あ、これはさっき朱姉から聞いた感じだね」

「俺、演技苦手なんだよな」

「それでも、変に深刻な反応をされるよりは全然いいね」


 星宮はどこか楽しそうに頬を緩めた。


 きっと、今までの経験からくる言葉なんだろう。とても実感がこもっていた。


「この前、私は今恋人を作る気分じゃないって言ったの覚えてる?」

「それ、いつか言ってみたいセリフだよな」


 モテるものにしか言うことができない最強の言葉だし。


「では、ここでクイズです!」


 デデン、と星宮は自分で効果音を出した。可愛い。


「私はどうして恋人を作る気がないんでしょうか?」

「心に決めた人がいるから」

「……ファイナルアンサー?」

「そう言うなら、残りの三択を示してくれ」

「正解は、失うのが怖いからでした」


 何の気なしに、星宮はあっさりと答えを教えてくれた。


 だけど、その意味を咀嚼するのに時間がかかった。


「失うのが怖い?」

「そう。大切な人を、場所を失うのが怖い」


 そう言って、星宮は儚げに笑った。


「私の家族はね、事故で死んじゃったの。私が5歳の時かな、私が友達と遊んでいる間に、全員交通事故に遭っていなくなっちゃった!」

「……」

「ある日突然ひとりぼっちになって、ここに引き取られて、いっぱい時が流れて、辛かった私の心は元気になった。って思ってたんだけどね」


 いつもの軽口を挟める余地がない。


 星宮が明るく話しているのは、そうしないと辛いからだろうか。


 とにかく、俺は黙って星宮の言葉を聞くしかなかった。


「ふとした時に思うんだ。また、何もかも無くなっちゃうんじゃないかなって」


 そう言って、星宮は空を仰ぐ。


 確率論で言えば同じような悲劇が起こる確率は天文学的なものがあるだろう。でも、そうじゃない。これはそう言った話じゃない。


「そんなこと滅多に起きないのはわかってるんだけどね……でも、やっぱり怖いんだよ。またあんな思いをするのは……」

「星宮……」

「本当は臆病なんだ、私。失いたくないから、大切を作らなければいいって思ってる。それは逃げだってのもわかってるんだけどね」


 星宮はいつも通り笑う。それが、今日に限っては弱弱しく見えた。無理やりいつも通りの笑顔をしているような、そんな気がした。


「大切を作りたくなければ孤独に生きればいいと思うんだけど、それも寂しくてさ。誰とでも適度な距離感を保ってるのが丁度いいみたい。これが、私が恋人を作らない理由。どう? 冷静に考えると酷い女だよね?」

「……」


 すぐに答えられなかったのは、俺が自分自身を戒めていたから。


「その……悪い」

「なんで御門君が謝るの?」

「俺は……星宮のことを何も知らなかったから」


 俺はもしかして、自分のことしか見えていなかったんじゃないだろうか。


 ここは昔やってたゲームの世界で、だけどゲームみたいにセーブ&ロードはできない一度っきりの世界で、それなら後悔をしないようにと生きてきた。


 でもそれは、俺の視点での物語に過ぎなかったんじゃないか。


 俺は星宮が幸せにしている姿を見たかった。そのために、塩見に布教活動とかしたりしてたし。でも、今思えば、果たして俺は星宮のことをちゃんと見ていたんだろうか。


 推しの幸せを願いつつ、それを見て俺が幸せになることしか考えていなかったのではと、気づかされてしまった。


 恋人を作る気分じゃなければ、その理由を知って何とかすればいいんだな。そう、簡単に考えていなかったか?


 こんな重く辛い過去があったって、考えていたか? いや、いない。


 星宮は孤児院の出だ。それをさっき知ったのに、何かあるって朱音さんに言われたのに、今の星宮は明るく元気に生きてるからって軽く考えてたろ?


 なにがゼクシィだよ。何が式場だよ。馬鹿か俺は。


「あ、難しい顔してる」


 星宮は人差し指で俺の頬をツンと突いてきた。


「気を遣って欲しいわけじゃないからさ、いつもの御門君でいてよ」

「気を遣うというか、俺が勝手に自分のこれまでの行いを反省してるだけだから」

「今の流れで御門君が反省するところあった?」

「反省点しかなくて、大いに反省してる」


 サラマンダーの言う通りだった。


 俺は星宮ひかりの表面的な情報しかしらなかった。実は毒を吐くとか、そんなのも表面の方の情報だ。内面という意味では、今回初めて知ったんだと思う。


 だけど、反省はしつつも話はまだ終わらない。


「それで……その話があった上で、星宮はどんな悩みを抱えてるんだ?」

「おや、私の身の上話でそのままお茶を濁そうとしたけど、ダメだったか」

「それが本題だからな」


 迷わずに言い切る。


 星宮の身の上話は聞いた。俺が今まで浅はかだったこともわかった。


 あとは、その話が星宮の悩みとどう繋がるか。


「2つ分かれ道があって、どっちに進めばいいか迷ってる」


 星宮は両手の人差し指を立てた。2つの道をイメージしてるらしい。


「それが、私の悩み」

「お、おお……?」


 まったく中身のない話だった。


「御門君なら、どっちを選ぶ?」

「内容を聞かないとなんとも言えない」

「こっちがルートA。こっちがルートB」


 星宮は右手と左手に名前を付けた。


「全然情報が増えてない」

「さあ、御門君ならどっちを選ぶ?」

「えぇ……」


 どうやら詳細な情報を出す気はないらしい。


 その上で、俺ならどう選ぶかを問いかけられる。


「じゃあ、こっち」


 俺は右手の人差し指を選んだ。ルートA。


「理由は?」

「後悔しない方を選んだ。これでいいか?」

「後悔しない方、か……うん、欲しかった答えだ」

「そりゃよかった」


 実際、選択肢の中身はどうでもよかったんだろう。


 訊かれているのは内容を聞いた上での選択ではなく、何を理由に答えを決めるか。


 そう解釈して答えてみたけど、どうやら正しかったみたいだ。


「それが悩みだったのか?」

「うん。でも、御門君のおかげで決心できた。ありがとう」


 言葉の通り、星宮の表情は晴れやかだった。


 ただ、決心という言葉が少し引っかかる。


「大事な選択でも迫られているのか?」

「ん? どうして?」

「決心って、簡単な選択の時に使う言葉じゃないだろ?」

「御門君って……」

「意外と目ざとくて困るなぁ……」

「それをわかっていながら言葉にするのが御門君だよね」

「隠されると暴きたくなる性分でな」

「探偵に向いてそうだね」

「……大丈夫か?」


 その言葉に、星宮の目が僅かに揺れた。


「もし、大丈夫じゃなかったらどうする?」

「そりゃ、命を懸けて助けるだろうな」

「命まで懸けてくれるんだ?」

「星宮のためなら特別にな。で、実際大丈夫なのか?」


 少し間を空けて、星宮は「大丈夫だよ」と俺に笑いかけた。


「話を聞いてくれてありがとう。それじゃ、私はまた子供たちのところへ戻るね」


 そう言って、星宮はまた子供たちの輪に飛び込んで行った。


「……大丈夫、ねぇ」


 最後に見た笑顔に、どことなく違和感を覚える。だけど、違和感を言葉にできない。


「全く……俺は何を決心させたんだろうな」


 嫌な胸騒ぎがしたけど、本人が大丈夫と言い切った以上、俺にできることは何もない。


 そして、ゴールデンウィークが明けてすぐ、星宮と巻村は付合い始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る