第28話 心のもや

「ひかり、迎えに来たよ!」


 放課後。巻村は星宮を迎えに俺たちの教室に顔を出した。


「二人とも、また明日!」


 それを見て、星宮は俺と桜野に挨拶してから巻村のところへ向かった。


 そのまま、二人並んで姿を消す。


「毎日一緒に寮まで帰ってるんだってさ」


 桜野がつまらなそうに言う。


「付き合いたてのカップルなんてそんなもんじゃねぇの?」


 学園から寮まで歩いて10分かかるかどうかのレベル。


 でも、付き合いたてはなるべく一緒にいたいものだろうし、巻村の行動は納得できる。


「なんかさ、昼休みにしたって露骨過ぎると思わない?」


 だけど桜野はそう思ってないらしい。


「なにが?」

「付き合ってますって感じのアピール」


 桜野はため息交じりに頬杖をついた。


「ひかりは俺のものだ。って周りに見せつけてるような気がして、私はちょっと嫌」

「星宮は女神だからな。自慢したくなる気持ちはわかる」

「まぁ……そうかもね」


 口では同意しつつ、桜野はどこか納得してない感じだった。


「ああもう!」


 突然奇声をあげたかと思えば、桜野は自分の頭をぐしゃぐしゃとかき乱した。


「どうした突然? とうとう頭がおかしくなったか?」

「おかしくなったのはひかりでしょ!」


 吠えるな吠えるな。あと自分のよくわからん怒りを星宮にぶつけるな。


「あんたは何も感じないわけ!? ひかりのこと好きだったんでしょ!?」

「いや、お前……クラスの中でそんなん叫ぶなよ……」


 今の桜野の奇声でみんなこっち見てるし、いや、あの……そんな憐れむような目で俺を見ないで! あぁ……ここにも負け犬がいるみたいな顔しないで!? 負け犬だけどさぁ!


「いいから答えなさいよ!」

「とりあえず落ち着けって……星宮が巻村を選んだんだ。ならそれだけの話だろ」

「本当に?」

「お前は俺にどうして欲しいんだよ……」

「わからないから困ってるのよ……」

「はぁ……」


 あれだな。これ以上ここにいたらうっかりで噛み殺されかねない。


 こういう時はさっさと退散するに限る。


「んじゃ、俺も行くわ」

「帰るの?」


 睨むなよ怖いな。


「サラマンダーの研究室に顔を出してから帰る」

「そう。私はもう少しここで頭を冷やすわ。なんか……色々ごちゃごちゃしてる」

「じゃあ、また明日な」


 簡単に挨拶だけしてカバンを肩にかける。


「……バカ」


 桜野が吐き捨てた罵倒の言葉は、いつもよりキレがなかった。


 教室を出てそのままの足でサラマンダーの研究室へ。


 今日も部屋の中には彼女一人だけ。背中を向けたまま机にかじりついていた。


 俺が入っても特に気に掛ける様子もなかったので、勝手に椅子に腰かけた。


 そして机の上に置かれたサラマンダーお気に入りのチョコを頂戴した。


「勝手に食べるなといつも言ってるだろ」


 チョコの袋を破る音でサラマンダーが振り返った。


「脳みそが甘さを求めてるから許してくれ。黒田は?」

「また女の子にお熱だよ」


 一言文句は言うけど、それ以上追及はしてこない。


 サラマンダーもチョコをひとつ手に取った。


「お熱と言えば、君がお熱だった星宮ひかり嬢に彼氏ができたそうじゃないか」


 口にお菓子を放りながらサラマンダーが言った。


 話題が二次元から三次元に早変わり。すぐに雑談に興じるということは、今日のサラマンダーは研究にお熱だったわけではないらしい。


 しかし、研究室の主であるサラマンダーが知ってるくらいまで情報は回ってるのか。


 まあ、黒田辺りが言ったのかもしれない。


「おめでとう。これで君のよくわからない目的も達成するのかな」

「よくわからないとか言うなよ。崇高と言え」

「君の情報では、今は恋人を作る気分ではないと言っていたはずだが、どんな心境の変化があったのかね」

「さぁな。彼氏がその心を救ってあげたんじゃねぇの?」


 巻村と星宮がどんな過程を経て付合い始めたのかはわからない。


 でも、あそこまで言った星宮が彼氏を作ったんだ。巻村がなにかして星宮の心を掴んだんだろう。それしか考えられない。でも、納得しきれていない俺もいる。理由も朧気に見えてるけど、うまく言語化まで至ってない。


「まぁ……それが一番現実的だね。しかし、その割に君は浮かない顔をしている」

「そんな顔してるか?」

「今日ここに来た時からずっとそんな顔をしているよ」

「そうか? でも、たしかに最近鏡で見る自分がイケメンじゃないんだよな」

「安心しろ。君は普段からイケメンじゃない」

「えぇ……」


 それって安心していいんですか? いやしちゃいけないよね。


 そりゃあね、俺も普段から俺ってフツメンです。みたいな予防線張ってるけどさ、風呂上りとかは結構俺ってイケメンじゃね? なんて自惚れるわけですよ。


 それを淡々と、それも見知った女子からてめぇはイケメンじゃねぇ。と言われて安心できるか? ただ悲しい現実を突きつけられただけじゃん。泣きそう。


「君の目的は、星宮ひかり嬢が幸せにしているところを近くで眺める。だったよな?」

「だな」

「なら、もっと喜べばいいじゃないか。夢が叶ったんだぞ?」

「そうだよなぁ……」


 サラマンダーの言う通りだ。


 今ある現実は、俺がこの世界に生を受けてからずっと望んでいた現実だ。


 少し理想とは違う結果でも、星宮は幸せそうに巻村と一緒にいる。


 そうだよな。俺はその景色を見て満足していないといけない。だってそれが俺の夢なんだから。


 なのに……どうして俺は。


「浮かない秋志に、優しい私からプレゼントをあげよう」

「プレゼント?」


 サラマンダーから何か球状の物体が渡された。一か所だけ赤い突起がついていて、軽く押したくらいじゃびくともしなかった。


「なにこれ?」

「気を付けろよ。それを押したら5秒後に爆発する」

「おま!? なんてプレゼントだよ!? 殺す気か!?」


 慌てて手を離した。いや、ほんとに危ないよ!? ここを焦土にするつもりか?


「今の君に必要なものだと思うが?」

「どこが!?」

「面倒ごととか全部吹き飛ばしたくなったら、それを人気のないところへ投げろ」

「その結果どうなる?」

「清々しい気持ちになった後、停学が待ってる」


 サラマンダーはふん、と鼻を鳴らした。


 経験者は違うなぁ。停学をものともしない考えを持っていらっしゃる。


「実はそれ試作品なんだ。私は最近生徒指導に目をつけられていてな、忌々しいことに迂闊に動けん。だから代わりに実験してくれる人を探していたんだ。そこへ君がやってきた。これはもう、君に頼むしかないだろ」

「サラマンダーは俺を停学にさせたいのか?」

「頼む! 蓮介には断られたんだ!」

「そりゃそうだ。嫌に決まってんだろ!」

「もう秋志しか頼れる人間がいないんだ! 頼む! 後生だ! この通り!」


 なぜか必死に縋って来るサラマンダー。爆弾にかける情熱が凄い。


 そりゃ黒田も断るわな。引き受けた先にあるのは停学だし。メリットが皆無だ。


「その代わり、なんで秋志が浮かない顔をしてるか理由を教えてやるから!」

「なに……それはぜひとも教えていただきたい」


 やべっ、つい反応しちまった。


 サラマンダーはニヤリと怪しい笑みを浮かべた。


「いや……やっぱいいわ」

「ダメだ。言質は取ったぞ。約束は今ここに交わされた」


 こほんと一度咳ばらいをしてから、サラマンダーは俺を指差しながら告げる。


「君の本心が、今の星宮ひかり嬢は幸せじゃないと思ってるからだよ」


 もしかしたら、俺は誰かにそう指摘してほしかったのかもしれない。


 そして、未来の停学がここに決定づけられた。

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